[第一話 サクラ咲く]

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No.06 桜花乱舞

 ――停止。
 邪気に体を乗っ取られ、支配されていた本多里奈の体が硬直して、止まったのだ。
 
 
 四年前に、舞姫という芝居をやろうと考えた演劇サークルの面々が居た。初めてのオリジナルの舞台に意欲を燃やしていた彼らだったが、完成を間近に控えたある日に、障害が発生したのだ。
 クライマックス部分に差し掛かると、邪魔が入る。それは雷であったり、豪雨であったり、怪我人が出たりと、形は様々だった。
「この舞姫のシナリオとなった小説を書いたのが、本多さんだったわ。そしてあの邪気と同じ顔をしていたのが、舞姫役をしていた榊原さんっていう女性」
 動きを止めた里奈の前で、早口に爽子が説明する。
 今、周囲は久樹が生みだした浄化の炎によって包まれていた。
 壊れたと思ったのだ。
 爽子の声を聞いた瞬間に。まるで自分の中にあった束縛の枷が壊れて、自由に解き放たれたような爽快さがあった。今は面白いほど簡単に炎を呼ぶことが出来る。むしろ今まで使用できなかったことのほうが、不思議なほどだ。
「邪気は、核となっている感情の元となった”名前”を呼ばれることで、”個”を持つことがある」
 雄夜に突き飛ばされ、獰猛な顎を広げた大地の亀裂に飲み込まれずに済んだ静夜が、起き上がりながら呟く。雄夜が駆け寄って手を伸ばした。ひどい火傷の有様に、静夜は無言で残っていた僅かな水の力を使う。
 巧と将斗は、大地の暴走を食い止めた時点で精魂尽き果て、揃って気を失っていた。
 智帆は、衣服についた泥を払って、ゆっくりと久樹と爽子の側に進む。
 あたりは、まるで時間が停止したかのような静けさに包まれている。
「これで」
 爽子の呟きがきっかけになったかのように、里奈の体がいきなり激しくはねた。虚ろだった瞳が見開かれる。だらりと垂れ下げていた手を持ち上げ、押しつぶすようにして頭を抑えた。
「あ……あ、ああ……っ!!!!」
 まるで獣の咆哮のような、呻き声。
「彼女の心は、ぎりぎり保てたけど……」
 痛ましそうに里奈を見やって、静夜がかすれた声で囁く。だが喋る余力も殆どないのか、続きの言葉の代わりに息をついた。
 久樹と爽子が、驚いて里奈を見守る姿を視界に納めながら、智帆が肩をすくめた。
「拒絶反応って奴だよな」
 個を持ってしまった邪気は、里奈自身の感情のフリをすることが出来なくなる。彼女の中で完全な異質となった邪気の存在に、里奈の心が激しい拒絶を示しているのだ。
 連続的に獣じみた呻き声をあげながら、里奈は背を丸める。
「今は、久樹さんの浄化の炎がこの当たりを焼き尽くしている。邪気よりも、本多さんの心の方が有利だろうから、もう消される心配はないだろうけどな」
「けど?」
 少年の微妙な言葉尻に、久樹がひっかかりを感じて漠然と問うた。智帆は問いの意味がわからない風を装って、そ知らぬ顔をする。
 久樹は少し黙り、おそらくは質問が悪いのだろうと見当をつけた。
「智帆、個を持つってなんだ? 個を持つことで、何故あんなにも苦しむことになる?」
「邪気はあやふやな存在だからな。怒りだとか、憎しみなどの衝動だけで構成されてる。邪気は何故憤るのか、その理由を持っていない。持ってるのは人間の方だからさ」
 斜に構えた仕草で、智帆は唇の端を手の甲でぬぐった。ざらりとした感触がするのは、唇の端と手の甲の両方に、血で固まった砂がついている証拠だ。
「名前っていうのは、本来大きな意味を持つ。独立した一つの”個”であると、認め存在を与えるんだよ。例えば名前がない状態だと、久樹さんは単なるとんでもない数がいる人間の一人に過ぎないだろ。でも、織田久樹って名前を与えられたら、その存在の重みは大きくなる」
「そんな大層なもんか、名前って」
「少なくとも、俺らはそう考えてるかな」
 久樹の疑問を軽くいなす。雄夜は相変わらず無言のまま、少し頷いた。静夜はまだ息をついているだけで、口を開かない。
「邪気はさ、多くの人々の感情が集まって生まれる。大量に集まった後、ずば抜けて激しい感情を核にして形になるんだ。いわば感情の集合体だよな。だけど核となっている一つが、独立した個性を持ってしまったらどうなるか」
 手と手を胸の前で合わせて、智帆は「こんな感じで」と呟きながら勢い良く離した。
「全部分離だよ。感情は、個を持たないから集まっていられる。誰かの感情だと分かってしまったら、その感情ではないものは出て行くしかない。だから」
 ちらりと、智帆は里奈を見つめる。
 先ほどまで唸っていた彼女は、今背を丸めて苦しんでいた。今、はっきりとどす黒い無数の感情達が外に飛び出していくのが見える。――邪気を構成していたもの。
「本多さんっ!」
 爽子が懸念の声をあげる。駆け寄ろうとした背に、智帆が言葉を投げた。
「名前を当てれたから効果があった。だけど、間違えたら大変なことになるんだよな」
「え?」
 足を止めて、爽子が勝気そうな漆黒の瞳を智帆に投げる。
「間違えたら、その……どうなるの?」
「邪気の怒りが倍増する」
「そ、そうなんだ」
「まぁね。だから俺も静夜も、予測だけじゃ口に出来なかった」
 にっこりと笑って、今更のように青ざめた爽子を見守る。終わりよければ全て良しだろ、と幼馴染をかばう久樹を、智帆は睨んだ。
「だから、終わってないんだよ」
「い、やぁぁぁぁ!」
 智帆の語尾に、里奈の凄まじい絶叫が重なった。


『どうしてなの?』
 彼女はいつも、そう言って目を伏せるのだ。
 夢の中。桜が咲く頃に現れて、そう呟く。
 桜色に染められた指先が、弾劾するように私を指差し。
 そして、似合わぬ赤に染められた唇が、『どうして』と繰り返す。
「やめて」
 私は、いつもそう答えるのだ。
 あれは四年前のことだった。
 姉のように思っている榊原は、私が書く小説の唯一の読者だった。
 元々、誰かに読ませたいわけではなかった。ただなんとなく、自己表現の一つとして書いていただけだったのだ。思ったことをだらだらと書き綴っているだけで、面白くも何ともないと思っていた。
 実際、榊原が私の話を、面白いと言ったことはなかった。
 それでも読んでくれるのは、身近な人間が小説を書くことが珍しかったからかもしれない。
 なのに突然、榊原が言ったのだ。
「この舞姫、芝居に使ってもいい?」
 と。
 私はあまりの言葉に、驚いて声も出なかった。
 榊原は、完璧主義の女性で、実際完璧になんでもこなす人だった。ゆえに何かをする時には、常にベストを尽くせる材料を求める。
 そんな彼女が、芝居に私の話を使いたいなどと言い出すことなど、まずありえないと思っていた。
 芝居に使われるなんて素敵だな、と思った。
 ただ、それを他のサークル員に見せると言われたとき、ラスト部分の推敲をしていなかったことを私は思い出したのだ。
「なら、少し治す」
 私はそう言った。
「完成じゃないの?」
 榊原はそう尋ねた。
「うん」
 何の気なしの、答えだった。
 けれど、榊原の中で、その言葉は大きな意味を持ったらしい。
 私が書いた小説のラスト部分は、不完全なものとなった。推敲ではなく、完全に書き直すべき、ものとなったのだ。
 無論、書き直すことなど出来なかった。
 私は最初からそのラストしか考えていなかったし、それ以外のラストを考える能力など持っていなかった。けれど榊原がそう思いこんだ以上、私は書き直さねばならない。
「でも、いつ完成させられるかは分からないの」
 私は、本当のことが言えずにそう答えた。
 榊原は首を傾げ「完璧な最後を作るには、時間がいるってことね。仕方ない、今はこのままで行きましょう。でも約束するわ。あなたが書き上げたら、必ずまた芝居にして見せるから。勿論、他の演劇のメンバーでってことになるけど」と言って笑った榊原の顔を、今でも覚えている。
 彼女は完璧主義者だ。
 自分が約束したことなら、なんとしてもそれを履行する。その為には、多少病的な執着心を見せることを、私は知っている。


 だから。
『どうして?』
 彼女が目の前で呟く。
 私は首を振る。
『どうして、私には終わりがないの?』
 怖い。
 怖いの。
 だって……。


「いやぁぁ、ごめんなさい、ごめん、ごめんなさいっ!!」
 狂ったように、里奈は大声で叫びだした。
 突然の豹変に爽子が驚いて後退する。久樹もひどい緊張を覚えて、額に汗をにじませた。
「なんだ!?」
「邪気だよ」
「え?」
 静夜が目を上げていた。
 普段は少女そのもののような眼差しが、今鋭さを宿して里奈を睨んでいる。
「久樹さんの炎は、一旦浄化すべき対象を浮上させて、攻撃をしかける性質を持っているみたいだから。あの人の中にあった邪気の元となった感情が、浮上してきているんだ」
「邪気って。だって、あれは舞姫でしょう? ということは、芝居が出来なかった榊原さんの憤りではないの?」
「そうだね。それも含まれていたと思うよ。でも、舞姫は舞姫そのものなんだと思う」
「舞姫、そのもの?」
「役者さんっていうのは、その役になりきることが出来るから。それによって、舞姫という新たな存在が生まれたと考えてもおかしくはない。しかも舞姫は最後まで演じられずに、中途半端のまま放り投げられてしまった。だから舞姫はいつまでも、最後を求めて演じ続けているんだと思う」
 視線を、久樹が握り締めていた芝居の台本をコピーした紙に向ける。
「舞姫の言葉は、基本的にクライマックスを迎える直前の、舞姫の台詞だと思うんだ。久樹さんが見た夢も」
「なんだって?」
 久樹は慌ててコピー用紙を確認する。
 最後の舞台設定は、人の死体に埋め尽くされた地面の上に、満開の桜の花びらが散り落ちる様子となっている。確かに久樹が見た夢の光景そのままだ。
「……じゃあ」
「そうだよ。あれは舞姫そのもの。そして――」
 痛ましそうに、静夜は目を伏せる。
 里奈はさらに絶叫し、誰もいない空間に、ごめんなさいと繰り返していた。
「彼女の心が、当時の芝居を邪魔した邪気の元だったんじゃないかな」
 邪気は誰かの心の中に入ることなど出来ない。
 にも関わらず誰かの中に入るのならば。それは、邪気を生み出した感情の持ち主か、邪気が憤っている相手そのものであるかだ。
 もし里奈が舞姫の芝居をつぶした本人であるのなら。
 舞姫を最初に生み出した原作者であり、そして舞姫が憤りを覚える相手だということになる。それほど深い関わりがあれば、邪気が心に入ることは可能であるかもしれなかった。
「どうすればいいの!? どうすれば、本多さんを助けてあげられるの?」
「このまま炎がすべてを浄化し尽くすまで待てば、終わると思うけれど」
 目を静夜が伏せる。その仕草に嫌な予感を覚えて、爽子は力いっぱい少年の肩を掴んだ。
「浄化が終わったあと。本多さんの心はあるの?」
「……さぁ。分からないよ。僕は彼女の心の強さなんて、知らない」
「強くはないな」
 突然、大人の声。
 驚いた一同が振り向くと、汚れてしまった背広を払いながら、くしゃりとした煙草を指に挟んだ男が歩いてくる。
「……あんたは」
 雄夜が驚いた声をあげた。
 全員、すっかり忘れていた。本格的な戦闘に入る前に吹き飛ばしておいた、丹羽教授だ。
「他人を、あんただの女だのと呼ぶものではない。無口なのは構わんが、礼儀がたりんぞ」
 続けて名乗ってから、丹羽教授はすたすたと歩いて里奈の隣に立つ。空を睨み「ごめんなさい」を繰り返す元教え子の肩を、丹羽は掴んだ。
「本多君」
 何を見つめているのか。虚空を睨んだまま、里奈は丹羽教授の声にも反応しない。深く息を落とし、今更汚れるのを気にしても意味がなくなったズボンを地面に降ろして膝をついた。
「君の悪い癖だな。悪い部分は理解しているが、それを認めようとしない。悪い部分に気付けぬ者は手に負えんが、気づいて治さんのはより性質が悪い」
 だから君の論文は、詰めが甘くなるのだと丹羽教授は続ける。
 何をいきなり言い出すのかと一同が呆気に取られる中、なんとなく、雄夜が目を細める。和んだ表情になったので、静夜が不思議そうに首を傾いだ。
「雄夜?」
「あの女……いや、本多里奈は大丈夫かもしれない」
「そうなるかな?」
「多分」
 そのまま口をつぐむ。恩師って奴かと、会話を聞いていた智帆が声を上げた。 
 里奈はまだ奇声をあげながら、ごめんなさいを繰り返している。丹羽はそれに呆れることなく、隣で膝をついたまま、言葉をかけ続けていた。
「本多君」
 もう何度目かはもう分からない、里奈の名を呼ぶ声。不毛に思える行為だったが、ふと、里奈の目が丹羽の顔を捉えた。
「きょ、うじゅ」
 掠れきった声が、助けを求めるかのように丹羽を呼ぶ。
 丹羽はすかさず「どうした」と普段通りに答え、悩んだ素振りをみせてから、元教え子の肩を抱いた。
「私、私、教授。ごめ、ごめんなさい……」
「誰に謝っている。謝罪は、謝罪すべき相手にせねば効果はない」
「だって、教授、私」
 怯えきった目が、空をさ迷う。そのまま瞳孔が開いて行きそうな予感に、丹羽は軽く里奈の頬を叩く。はっと身体を震わせた後、彼女は強く丹羽の体に縋りついた。
「教授、私、昔邪魔したんです。本当は終わってたのに、終わってたっていえなくて。楽しみだったんです。それは事実だったんです。芝居は見たかった。でも、芝居が完成したら。私、書けもしないものを書かなくちゃいけないって思って。だから、怖くて、完成が近づくたびに怖くて!! でも楽しみだったのも事実だったのに!」
 夢を見る。
 桜が咲く頃になると、夢を見るのだ。
 いつも同じシーンを繰り返す舞姫。
 彼女は弾劾する。
 ――私が、芝居を、邪魔したと。
「有り得ないって思ってたんです。だって、私が嫌がるだけでどうして雷なんて落ちるんですか。そんなの有り得ない! なのにそれが起きて。夢の中で舞姫は私を弾劾するんです。私が、邪魔したって」
「それで、今はどう思っている」
「……。私が、邪魔したのかもって」
「それに謝っているのか?」
「だって、舞姫は私を憎んでる。分かるんです、私の中に舞姫がいて、私を呪っている! 怒ってるんです!!」
「怒っているから、謝るのか?」
「それは、ち、違います」
「ならどうして謝る?」
「だって私も、本当は舞姫を見たかったから。見たかったんです」
 丹羽の背に手をまわしたまま、里奈はついに泣いた。ぼろぼろと涙を溢れ出させる。丹羽は幼い子供にするように、彼女の背を軽く叩いた。
「浄化を止めろ」
 突然、雄夜が凛と告げた。
 名前を呼ばれたわけではない。けれど自分が促されたのだと正確に理解して、久樹は炎を静める。
 


「桜」


 里奈の体が発光する。
 桜色の閃光の中に、全てが飲まれていく。
「桜、サクラ散る」
 娘が立っていた。
 緋色の肌襦袢に、舞扇を持っている。足元にはぎっしりと死体が並び、その上に満開の桜が花びらを落としていた。
「私は千人目の呪者。そして一人目の生贄」
 舞姫が囁いて、つつ、と進んでくる。
 久樹は手の中の紙の感触に気付いて、視線を落とした。丁度舞姫が口にした台詞が記してある。その後には、相手役の男の台詞が。
 舞姫がじっと久樹を見つめる。
 そうか、と思った。ここから先こそが、中途半端で投げ出されたことに悲しみ続け、邪気化してしまった舞姫が求めた最後なのだ。
 紙を持ち上げる。舞姫に続く台詞が、はっきりと記してあった。
「時はそれほどまでに、憎むものだったのか?」
 台詞を読む。舞姫はふと笑むと、更に前に進んだ。
「時はすべてを醜くする。人は時の呪縛から逃れられない」
「だから殺すのか?」
「殺す。時がすべてを壊す前に」
 くるりと舞姫は肌襦袢姿で舞った。舞扇に合わせて、頭上から降りしきる桜の花びらの数が増す。
「けれど、君は私を殺していない」
「殺す」
「殺せない」
 ずい、と久樹は一歩前に進んだ。台本に書いているわけではなかったが、体が無意識に動いたのだ。
「君を裏切った恋人も、君を励ました親友も。君の家族も。君は本当は殺していない」
「殺したわ」
 少女のようなあどけない顔に、怒りをこめて舞姫が久樹を睨む。
 久樹は前方を指差した。まるで照明が存在しているかのように、彼が指差す先が明るくなる。
「なら、あれは?」
 桜の下に埋もれた人、人、人。
 彼女が殺した、人々の影。
「私が殺したのよ。時の呪縛から救うために」
「でも、息をしている」
「してないわ」
「なら確認するといい」
 強く言うと、舞姫は首を振る。
「無駄なことはしないの。今は、貴方を殺すのが先」
「そうかな。でも、ほら。あの人たちの胸は上下している。息をしている」
「してないわ」
「殺せていない。君は結局、殺せていないんだ」
 伸ばした手は、確かに舞姫の肩を捕らえた。
 そのまま久樹は彼女の体を回転させて、光があたっている方向に向ける。
「ああ」
 舞姫が囁く。まるで泣き出す寸前の声で。
「時が――」
「呪縛は続いたままだ」
 そして、と久樹は言葉を続ける。
 これが手元にある台本の、久樹が読むべき最後の台詞だ。
「君も、呪縛を受けたままだ」
 桜が散る。
 雨よりも細かく、降りしきる花。
「桜、散る」
 舞姫が、歌うように呟く。
 久樹は指先に炎の力を集め、そして一気に開放した。 



 桜と、炎の光が、幻想的な美しさを作り上げていた。
 閃光が塗りつぶした真白の先から、久樹の姿が見えて、爽子が駆け寄る。
「久樹っ!」
「爽子」
 心配そうな顔の幼馴染を見て、衝動的に久樹は彼女を抱きしめて囁いた。
「終わった。舞姫は、終わりを迎えたんだ」
「そうだったの?」
「ああ」
 終わったんだよと繰り返し、久樹は爽子を抱きしめたまま離さない。
「二人仲良しなのはいいんだけどさ。ここには教授の目撃者もいるし、怪我人もいるって分かってるのかな?」
 意地の悪い声。
 慌てて顔を上げると、座り込んだ智帆がにやにやと笑っていた。
 丹羽教授も座っている。肩に、安らかな表情で眠る里奈を支えていた。
「全員病院送りだな。ところで織田君といったか。君が最年長かね」
「え、あ、はい」
「ならば今回の一件。あとでレポートにまとめて私に提出したまえ」
「は?」
「レポートだ。最低二十枚」
「そんなまた、ご冗談を」
「私は冗談は言わん。ところで誰か携帯電話を持っているだろう。内藤医院に電話するんだ」 
 口をぱくぱくさせる久樹を尻目に、丹羽が指示をする。
 雄夜は無言で番号を呼び出し、連絡を取り始めた。
 いつの間にか静夜は寝に入っていた。智帆は腹減ったなぁと空を見上げてぼやいている。 
 終ったんだと、爽子は思った。
 満身創痍の少年達を一人ずつ見つめて、せめてご馳走を作ってあげようと、心の中で思う。
 ちらりと、久樹を見上げた。
 何故か凛々しくなったように見えてしまって、爽子は少し笑う。
「ねえ」
「ん?」
 なんとなく、楽しい気分だった。
「私、レポート手伝わないから」
「なに!?」
「だって、舞姫は元々貴方を求めてたみたいだもの」
「は?」
「みて、これ。この人が舞姫の相手役だった人よ。今気付いたんだけど、ちょっと久樹に似てるよね」
「……。爽子、俺が文章苦手って知ってるだろ」
「うん。私は得意よ。頑張ってね」
 にこやかに笑う。
 久樹は嘘だろとさらにぼやき、空を見上げる。
 空は、今は穏やかな青空を取り戻していた。



[第一話 サクラ咲く 完]

よかったら感想をお願いします。後日談がお礼ページにあります。



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