[第二話 灼熱を逃れて]

前頁 | 目次 | 後頁
No.05 灼熱を逃れて

「よし。じゃあ、菊乃ちゃんはしばらく借りるな。爽子をサチの部屋まで連れて行くから、鍵を頼むよ」
「分かった。久くん、菊乃をよろしくね。菊乃も危ない事なんてしちゃ駄目よ。でも幽霊なんて本当に怖いわ……私も一緒についていっちゃダメなのかな」
 優しく言って、幸恵は妹の肩を抱きしめる。ネコのように姉にすりよって、妹は幸恵を見上げた。
「大丈夫、お姉ちゃん。将斗君がいてくれるって巧君がいってたもん」
「将斗君? そういえば一緒にいたんだったわ! 私、菊乃のことが心配で、忘れてたの。どうしてるかしら?」
 幸恵は心配事を抱えると、そこに意識を集中しすぎて周りが見えなくなることがある。先程はまさにその状態で、川中将斗、秦智帆、大江静夜のことは念頭になかった。久樹は頷き、とにかく進もうと周囲を促す。
 菊乃は将斗に会える嬉しさからか、頬をわずかに紅潮させていた。
「もう、日が暮れるわね。まさに幽霊が出てきそうな感じ」
 菊乃の手を握る幸恵が肩を奮わせる。久樹は苦笑し、空にぽっかりと浮かんだ月が、しずかやに輝き始めるのを見上げた。
 ――月は、邪気の力を強める効果がある。
 久樹がそれを知らされたのは、つい最近のことだった。経験したことはない。だが月の光を全身に浴びてみれば、そうであるのかもと思う気持ちはる。
「久樹さんさぁ」
 珍しい声が久樹を呼ぶ。驚いて顔を下げると、難しい顔をした巧が彼を見上げていた。
「今回の邪気って、俺と将斗の悪ノリのせいで生まれたんだと思うんだよな。怪談話に、高橋せんせーがものすっごい恐怖を覚えて、その恐怖が邪気を生んじゃった。生まれたのはさ、そこに久樹さんがいたからだって思うよ。でも、そうなる可能性を考えなかったのは俺らだし。今回のは俺らのせいだ」
「――巧?」
 言葉を途中途中で途切れさせながら、少年が真摯につむぎだす言葉に、久樹は首を傾ぐ。巧は怒ったように眉をよせると、思い切り良く久樹の腰を手で叩いた。
「だから、気にすんなって言ってんだよ! 何でもかんでも、炎のせいにするほど、俺らはガキじゃねぇぞっ!」
「……もしかして、俺を慰めてるのか?」
「うっさいっ!」
 久樹の問いかけに真っ赤になって叫ぶと、巧は「先に行く」と断言して走り出した。狼狽して駆けさっていくのは、肯定したのと同義だと思いながら背を見送る。今は予断ならない状態だが、ひどく暖かい心地がして、久樹は柔らかく笑った。
 背後で久樹が浮かべた表情などは気づかずに、中島巧は真っ直ぐに走る。前に伸びる道の奥に門扉が見え、彼は中に飛び込んだ。そこに居るだろう面々の名前を呼びかけて、ハッと眼を見張る。
「智帆にぃ!? なにがあったんだよっ!」
 中島巧と同調を続けている川中将斗が眠っているのことに驚きはなかった。目を奪われたのは、智帆が蒼白になった静夜を抱きかかえていたせいだ。
「巧、炎鳳館で何かなかったか?」
 猛禽類に似た眼差しで、ゆっくりと智帆が巧を見やる。巧は思わず後退し、智帆は少年の様子に驚いて眼を見張った。
「……悪い。巧を脅してるわけじゃない。あのな、将斗の意識がお前のところにいったあと、巧は一人菊乃ちゃんの元へと行っただろ。その後、静夜は雄夜との連絡を絶たないように水の力を使っていた」
 智帆は正確に覚えている。将斗の体を守っていたのが自分自身で、雄夜との接点を繋いでいたのが静夜なのだ。二人とも、これ以外のことは何一つしなかった。
「まだ様子見だって思ってた。だけどな、しばらくして静夜は突然倒れたよ」
「倒れた?」
「巧、教えてくれ。お前達は、静夜の力に助けられたのか?」
 眉を寄せて、智帆が尋ねる。こわごわと巧は頷いた。
「熱にやられて、もうダメだって時に、水の力が浄化してくれたんだ。静夜にぃが側にいる時と変わらないくらい、強い力だったよ」
「……そうか」
「智帆にぃ、それってどういうことだよっ。静夜にぃは俺たちを助けてないってことなのか? だったら、あの力ってなんだよ」
「巧、静夜は倒れる時に変なことを言ったんだ。”力が……誰かに……”そう言った。静夜は、自分で能力を使っていないのに、能力を使われてたんだと思う。俺は――あいつの力が放出されるのを見たからな」
「ってことはさ……」
「ああ、巧たちを助けたのは静夜の力だ。だが、静夜はそれを行ってない。なんらかの力が静夜に干渉して、半ば無理やり能力を使われたんだ」
「そんなことってさ、出来るのかよっ!?」
 信じられないと巧が叫ぶ。智帆は厳しい顔で首を振った。
「否定はしたいけどな、現実にそれが起きたんだから仕方ない。これは推論だけどな、巧にも、雄夜にも変化があったんじゃないか? 例えば、普段よりも強く能力を使えたとかな」
「……そういえば、使えた。あっ! そうだ、これを言わないとダメだったんだっ! 智帆にぃ、雄夜にぃが暴走してたっ」
「は?」
 間抜けな声を智帆が上げる。暑さでやられている時の智帆は、普段の怜悧さがない。巧は両手で智帆の肩を揺さぶって、事態の深刻さを必死に告げる。
「だから、雄夜にぃの理性が破壊衝動に食いつぶされちまったんだってば! 今、炎鳳館で暴れてるっ!」
「暴れてるって……あいつは怪獣か? ゴジラかガメラかキングギドラか? 全く、次から次へと奇妙なことが起きるくせに、使える手駒は少ないときた」
 ちっと舌打ちをする。回らない頭で、必死に物事を整理しているのが分かるので、巧は大人しく隣に座ろうとして、「あっ!」と再び声を上げた。
「今度はなんだ」
「久樹さんが炎の力を使えるようになった。あと……今回の邪気の正体も分かった」
「はぁ!? 先に言え、先にっ!!」
「だって、智帆にぃが俺がきた瞬間に睨むからさっ! と、とにかく、一度将斗を起こすよ。うん」
「とっとと起してこい」
「――はい」
 段々と眼が据わっていく智帆に恐怖に近いものを抱きながら、巧はこんこんと眠り続けている将斗の隣に座り込む。手を伸ばし、従兄弟の額に触れるようにした。意識を自分の中にある別の意識にむけ、続けて、将斗の体のほうに感覚を向ける。
 ふっと、ぬくもりが指先から離れていく感触。完璧に重なっていたものが離れていく感覚に、一抹の寂しさを覚えたが、手を離さずにさらに集中する。
 光が少年達の体を包み込んだ。
 静夜を支えたまま、智帆は少年達の様子をじっと睨みつける。――瞳の色が変じるかどうかを、彼の眼は捕らえようとしていた。
 智帆は、一連の出来事から、一つの仮説を立て始めていた。腕の中で意識を失っている静夜に、立てた仮説の信憑性を尋ねてみたいところだった。
「頼むから起きてくれよ、静夜。第一、雄夜が大変なことになってるぞ」
 紙人形のような顔色をした友人に囁きかける。けれど静夜が目覚めることはなく、智帆は諦めたような表情を浮かべた。
「今回は俺一人で頭脳担当ってわけだな。仕方ない。と、来たな」
 呟きと同時に、久樹たちが白梅館の門の所に姿を見せ、意識を取り戻した将斗が起き上がった。久樹が意識のない爽子を抱えていることに智帆は眼を眇め、軽く手を払って、幸恵と爽子を部屋へと連れて行くように指示する。菊乃は真っ先に将斗の姿を認め、嬉しそうに破顔した。
「将斗くんっ!」
 高い声を少女が上げる。
 巧の手をとって立ち上がったばかりの将斗は、頭を二・三度振ってから、菊乃の声に振り向いた。
「菊乃っ」
 大きな声をあげて、将斗は走り出した。菊乃も走り出し、二人は向かい合うと自然に手を握り合う。もう少し年嵩の男女であれば、かなり照れくさい光景だったろうが、小学生では微笑ましい光景だった。
 将斗と菊乃の感動の再会を見届け、巧は覚悟を決めて智帆の隣に戻る。
「あのさ、智帆にぃ。今回の邪気って、俺と将斗が、怪談話で俺らの担任の高橋せんせーを怖がらせたせいだったんだ」
 智帆の隣で正座に近い形を取ったのは、罪悪感がさせた無意識の行為だった。智帆は静かな眼差しを巧に向け、続きを促す。
「俺らが話した怪談話ってさ、久樹さんに手伝って貰って作った嘘なんだ。高橋せんせーは怪談話をすっごい信じて、むちゃくちゃ怖がった。で、作り話の幽霊が探してたのが、きくえ。適当に、菊乃ちゃんの名前をもじって付けちゃったんだよな」
「――作り話でも、それが真実だと思えば本当になる、か。その教師が抱いた恐怖は本物で、なおかつ恐怖を邪気へと肥大させる炎の能力者が側に居た。結果、きくえに良く似た菊乃ちゃんに執着する少年の邪気が生まれたわけだ」
「で、でもさっ!」
 眼鏡をかけ治す仕草をした智帆の腕を、巧が突然に取る。
「巧?」
「俺らが悪いんだよ。炎が邪気に力を与えるって知ってたのにさ、高橋せんせーを怖がらせる作戦に久樹さんに乗ってもらったんだからさ。――悪いの、俺らだよ」
 最後の声は尻つぼみで、消えいりそうなほどに細い。智帆は驚いた顔をして、くしゃりと少年の頭を撫でた。
「別に、久樹さんのせいにしようとは思ってないさ」
「でも、智帆にぃって、ことあるごとに久樹さんを邪魔者扱いしてないか?」
「あれは単にからかってるだけだ。一々素直に反応するから楽しくってな。別に本気じゃない。それにしても巧、お前いつから久樹さん擁護委員長にでもなったよ」
「そんなもん、就任してないよっ! たださぁ、ほら、正々堂々と戦いたいじゃんか。久樹さんとは」
「爽子さんを取りあって? お前の歩はかなり低いぞ、巧」
「うっさいの! あと数年したら、俺はいい男になるんだからな。そしたら奪っちゃる」
「……おいおい。まぁいい、頑張れよ。とにかくだ、邪気を生みだすほどの負の感情が久樹さんの側にあるのは危険ってことだな。なんつー厄介な。これは後で対策を考えるとして、その考えたっていう怪談話はどんなのだ」
「戦争中の話し。きくえと仲良しだった少年がいるんだけど、空襲のときにはぐれちゃうんだ。きくえは空襲でやられちゃうんだけど、少年は信じなくって、ずっときくえを探すんだよ。で、探して、探して」
「――最後には行き倒れになるってか?」
「うん。多分、その少年ってのは、俺と将斗に感じが似てるんじゃないかな」
「……お前らなぁ、そういうことってのは実際にあったかもしれないんだぞ。それで泣いた人だって沢山のはずだ。人が死んだ話しを勝手に作って、誰かを怖がらせるために使うなんて絶対に駄目だ。――邪気が生まれたのは、炎の能力者がいたからだけじゃない。実際に泣き叫んでいた悲しみと怒りが呼び覚まされて、教師が抱いた恐怖を核に、集まったんだ。二度とするなよ」
 怖い目をして、智帆は巧の頭に拳骨をおとす。悲鳴をあげた後、巧は小さな声で「ごめんなさい」と言った。
「とにかく事情は分かった。お前がそれに気付いたのはなんでだ?」
「邪気がきくえちゃん、って言ったこと。あとは炎鳳館の中が、絵本でみた空襲の挿絵と似てたからだよ」
「将斗が血相をかえたのは、本多さんから聞いた邪気が出たポイントをメモしている時だったな。どうせ、お前らが幽霊が出るとした場所だったからだろう。よし、決まった」
「なにが?」
「今回の邪気対策。あと静夜のことはまだ黙っとけ」
「あっ! 菊乃ちゃんには、幽霊の仕業ってことになってるから。久樹さんと雄夜にぃが霊能者な」
「上出来。ならその路線で話しは進めるさ。おっと。良いところで戻ってきた。久樹さんっ」
 爽子を幸恵にたくし、再度外に姿を見せた久樹に声をかける。同時に話しこんでいる将斗と菊乃を呼び寄せた。倒れている静夜に気付き、声をあげかけた面々にむかって、智帆は落ち着けと笑ってみせる。
「心配しなくっていい。菊乃ちゃんについてた霊が、こいつにも悪さをしてるだけだから。俺はこいつを連れて、雄夜に助けさせるから大丈夫だ。久樹さんは巧と一緒に、俺がつきとめた幽霊出現ポイントを除霊してまわってくれ」
 しゃあしゃあと、邪気と浄化を霊と除霊に置き換えて、智帆が話しを進める。こいつは天性の詐欺師だと考えた久樹に、智帆は刺のある眼差しを向けた。
「場所は巧が案内するから、出来るよね、霊能者の先生」
「――っ! 誰が先生だ、智帆っ!」
「やだな、久樹さんだよ。なんでも鞍馬天狗の生まれ変わりなんだろ? 頼りにしてるよ」
 ニヤリと笑ってみせて、智帆は将斗の手をしっかりと握りしめている菊乃を見やる。
「菊乃ちゃんは、将斗と一緒に学園内を走り回っておいて欲しいんだ。幽霊の目を、除霊ポイントから離させたい。菊乃ちゃんの身は将斗が守る。だから大丈夫だ」
「智帆兄ちゃん!?」
 勝手に約束された将斗が声をあげる。智帆は暖かい笑みを菊乃にむけてから、将斗の腕を強く引き、耳うちをした。
「お前らが本当に危なくなったら、俺が風で守る。だから安心しろ」
「風で?」
「ああ。雄夜を正気に戻したら、式神も守りにつかせるから大丈夫だ」
 自信ありげに智帆は断言する。将斗は首を傾いだ。
「式神ってー。俺、巧と一緒に、雄夜兄ちゃんが暴走してるの見たぞ」
「知ってる。ま、あいつを止める方法は俺が考えたから大丈夫だ。雄夜と静夜にあとで恨まれるかもしれんが、この際手段を選んでられるか」
「ち……智帆兄ちゃん?」
「まかせとけって。大丈夫だ」
 根拠などはないのだが、智帆が不敵に断言すると、大丈夫な気になるのが不思議だった。久樹ならば、それこそが詐欺師というものだと口を挟むだろうが、今は二人の会話を聞いていない。将斗は強く頷いた。
「よし。巧、出現ポイントは覚えてるな? 久樹さんも――分かってるよな?」
「……ああ」
「巧のことはまかせた。といっても、久樹さんの身を守るのはなるべく巧がするように。久樹さんは除霊に専念すること」
 除霊と繰りかえすのは辞めてくれと頭を抑える久樹に代わって、巧が元気の良い返事をする。
「将斗、菊乃ちゃん、頼むな」
「うん」
 こちらは、二人しっかりと手を握り合って、声をあわせて返事をしてきた。
「じゃあ、散開っ!」
 ――月明かりに照らされ始めた空に、声が響く。  


 前頁 | 目次 | 後頁

竹原湊 湖底廃園
Copyright Minato Takehara All Rights Reserved.