[第三話 紅葉、舞う]

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No.03  遠き言葉

「教えた誰か?」
「静夜が調べてないなら、誰かが教えたと考えるのが普通だろ? 思い出せ、誰が教えたんだ」
 おそろしい程に厳しい智帆の言葉に、静夜はゆるゆると首を振る。思い出せないと逃げるのを許さず、智帆は友人を揺さぶった。
「……たしか、そう、康太兄さんだったよ。康太兄さんは、この近くの学校で保健医をやってた。その時に、白鳳学園の統括保健医が引退するって話しが出て」
「康太先生は白鳳学園に移り、白鳳での不思議な出来事を静夜たちに喋った」
「そうだよ。うん、それで間違いない」
「康太先生を白鳳学園に推薦したのは、多分町子先生だよな」
 学園のすぐ近くに医院を構える内藤医院の医者である町子は、白鳳学園の生徒達に人気がある上に、大江康太の恋人だ。
「静夜、康太先生は本当になんの力も持っていないのか?」
「持ってないよ。雄夜が昔、式神を突進させたことがあるけど、康太兄さんはぴくりともしなかったよ」
「俺達がここに集められたと仮定は出来ても、康太先生も集められた一人だと考えるのは早計か」
「いくらなんでもね。でも白鳳が僕等を呼んだと考えるなら、康太兄さんを通じて僕と雄夜の存在を知ったと考えるのはありかもしれない」
「んー、なんか嘘みたいな話しになってきたな」
 両手を頭上に伸ばし、智帆は緊張をほぐすべく伸びをする。「僕等の持つ力のほうが、荒唐無稽に感じられるんじゃない」と静夜は笑って立ちあがった。
「変なことがこれだけ沢山あるんだ。今回の邪気が、存在を感知させずに潜んでいられる可能性だってある。少なくとも、僕はそういう邪気が原因だって考えてる」
「気をつけないとだな。俺等のクラスで何かが起きれば、すでに俺等を疑い始めてる奴らの疑惑は深まるばかりだ。下手をすれば、立花姉妹にも疑われかねないか」
「それだけじゃない。ここで大きなことが起きたら、僕等は友人である亮たちにまで疑惑の目を向けられかねないよ」
「人は疑いだすと早いもんな」
 あそこの家の子供って変なのよと、噂され後ろ指をさされた経験を持つ智帆の瞳が暗くなる。その経験は静夜も同じだった。
「気を付けないとね」
「ああ」
「じゃあ、また明日」
 懸念を振り払って、静夜は歩き出す。途中でふと振りかえった。
「そうそう、忘れてたけど、智帆最近学校終わってなにしてる? 部活に顔出してないって亮に聞いたけど」
「亮め、そんなことまでベラベラ静夜に喋ったのか」
 副委員長で、陽気なバスケットボール部員であるクラスメイトの顔を思いだしながら、智帆は苦笑する。
「まあね」
「調べたいことがあってさ。今までずっと分からなかったことが、ついに分かりそうなんだよ」
「分からなかったこと?」
「ああ、大事な緑子さんのことだからな」
「みどりこさん?」
 はぁ?と大きく静夜が首を傾げる。智帆はニヤリとして立ちあがると大きく歩き、友人の背を押した。
「今度ちゃんと紹介してやるから。じゃまた明日な!」
 問答無用で智帆は静夜を外に追いだしてしまう。
 何だよ!と抗議の声をあげた時には、すでに扉は閉ざされていた。
「緑子さん? 智帆って、彼女いたの?」
 大きなハテナマークを飛ばしながら、静夜も帰途に付いた。 
 
 
 学園祭が近くなると、教室はどことなく浮ついた雰囲気を内包して、生徒達は落ち着かなくなる。弾む気持ちを理解する二年A組の担任教師の村上は、壇上でおだやかな笑みを浮かべていた。
 生徒の幾人かは、顔に青あざをこさえている。
 大道具を誤って壊したとの釈明を受け流して、喧嘩があったのだと、何年たっても新任教師のような女性教師は見当を付けていた。
 教室を見渡せば、男子生徒が決まって目を逸らす。これで疑うなという方が無理だ。
「私の生徒達が素直で嬉しいところです。でもね、ごまかしたいんだったらもう少し演技上手にならなくちゃね」
 にっこりしたまま指摘すると、学級委員長の正副コンビ、北条桜と宇都宮亮がギクリとした。
「こんなに仲が良いのに、どうして喧嘩なんて起きたのかしら?とは、もう一度喧嘩を起こさなかったら、聞かないでおいてあげる。でももう一回したら、個人面談だからね?」
 村上の声は、あくまでのんびりと優しい。
「みんな、はい、は?」
「はぁい!」
 担任の言葉にいっせいにあがった返事に、村上は満足そうに立ち去りかけた。慌てて桜が立ちあがる。
「先生っ!」
「どうしたの、桜さん?」
 おっとりと振り向く村上の前で、桜は両手を拝む形にした。
「今日、八時くらいまで居残りさせてくれませんか? 学園祭で使う大道具、全然完成していなくって」
「ちょっとそれは遅くないかしら? 男子生徒たちだけじゃないんでしょう?」
 却下しようとして、真剣な目をしているのが桜だけではないことに村上は考え込んだ。
「あらら。よほど昨日、大切なものまで壊しちゃったのね。そうね、男の子たちが、女の子たちを家まで全員送って行くって約束する?」
 可愛い弟妹を見守るに似た眼差しで、村上が尋ねる。二年A組の仲良し生徒達は、誰がどこに住んでいるのかを全員知りあっている。女子生徒を送って行ける男子生徒は結構な数がいた。
「送っていけるよね?」
 桜の確認に、男子生徒達は笑顔でこたえる。
 女子生徒たちが華やかな声を上げて、じゃあ私のことを送っていってよとアピールする中、朝が苦手でボケていた秋山梓が覚醒した。
「送って行く?」
 口の中だけで呟く。それからめくるめく想像の世界に梓は旅立ってしまった。空に月が浮かぶ時刻に、無口な雄夜が目の前に立つ。そして。
「きゃあ〜」
 豊かな想像力で物語を展開し、梓は赤くなった頬を押さえた。雄夜以外の全員が、彼女が誰を好きかを知っていたので、ピンク色のオーラをまとう梓を見ないフリする。
 肝心の雄夜といえば、朝から机につっぷして眠っていた。朝五時に起床する静夜と同じ時間に珍しく起きてきて、親友のシベリアンハスキー犬スイとの散歩を満喫したのだ。早くも眠くて仕方ないらしい。
 賑やかな生徒達に気をつけなさいよと告げ、村上はわざわざ後ろの扉から廊下に出ていった。途中、眠りこけている雄夜の頭を日誌で叩いて。
「北条、許可でて良かったな」
 村上が教室を出たところで、副委員長の亮が声を上げる。うんと桜は肯いて、一時間目の教師が来る前にと声を張り上げた。
「今日は力仕事もあるから、練習終わった後の運動部員も来てね。誰これそう?」
 集まる男子生徒の数で、女子生徒の居残れる人数も決まる。運動部員達も今日はサボろうとは考えていなかったと見え、続々と手があがった。
 昨日の今日だ。人の感情を左右する邪気は現れるかもしれない。静夜は弓道部を休んででもクラスに残ることを決めていた。彼が手を上げるのと同時に、雄夜も挙手するのが見える。
 智帆はと見やると、何故か腕を組んだままだった。
「え?」
 邪気が動いている可能性を昨晩のうちに話し合ったのだ。当然ながら智帆も残ると考えていたので、手を上げない友人に困惑する。
 静夜の視線に、智帆は悪いと軽く頭を下げた。問いかける時間はなく、すぐに教師が入ってきて授業が始まる。
 二年A組は文理合同クラスで、以降B・C組が文系、D・E組が理系クラスになっている。普通は最後のE組が文理合同になりそうなものだが、末尾は常に変動するということで、変動しない最初のクラスが代々合同クラスになっていた。
 一時間目は共通授業であったので移動教室はなかったが、二時間目は別科目となるので移動が必要だった。授業が終わり次第静夜は立って、智帆の側に駆け寄る。
「智帆、今日ってなんかあったわけ?」
 科学の授業に必要な白衣を取りだしていた智帆は、困った顔をした。
「ちょっとな。昨日も言ったけど、調べたいことがあるんだ」
「昨日もって。大切な緑子さんって言ってたこと?」
「まぁな。今しか調べられないことなんだよ。だからさ、悪い」
 顔の前で手を縦にして謝る智帆が、意見を変える様子はない。静夜が不機嫌そうで、彼の肩を智帆は叩いた。
「緑子さんに縁がある人が偶然こっちに来てるのが分かったんだよ。今週しかいないってことだから、どうしても調べておきたいんだ」
「分かった。じゃあ僕が気を付けておくよ。そのかわり、今度なんかおごれよね」
「安いのにしてくれよ」
 垂れた眼差しを細めて智帆が笑う。まだ少々ふてくされている静夜が肯くと、ぽんと肩を叩く者がいた。静夜の双子の方割れの雄夜だ。
「――ん?」
「俺にもおごれといいたいんだろ」
 やれやれと肩をすくめ、移動教室の準備を終えて立ちあがろうとした。その手を、智帆はふと止める。
 静夜の言葉と、雄夜の眼差しが「どうした?」と問うた。
「いや、メール。誰だろ、えっと爽子さんだ」
 智帆の手元を覗きこもうとして、静夜もふと目を丸くする。「僕もメールだ」と言って携帯を取りだしたところで、雄夜までもが首を傾いだ。
「珍しい。みんなメールだ。ええっと、これは全員に関係してるかな」
「爽子さんからのメール?」
「ああ。静夜は誰から」
 智帆が尋ねると、静夜はそのままヌッと携帯電話を視線の高さに持ち上げる。智帆と雄夜の視線が集まって「ああ」と納得した。
 差出し人は織田久樹。題名は「やった!」で内容は「レポート終わったぁ」のみ。
「これ、僕に送ったっていうよりも、受信簿の一番上にあったメールに返信したって感じ?」
「だろうな。雄夜は誰から」
「康太兄さんからで、巧かなり回復。今逃亡捕まえて」
「ふーん。逃亡……逃亡!?」
 智帆と静夜が同時に叫ぶ。
 教室の端で楽しそうな会話をしているものだから、興味津々に宇都宮亮が近寄ってきた。ちなみに会話が聞こえる位置に陣取って、秋山梓は聞き耳を立てている。
「なに盛り上がってるんだ?」
 亮の問いに、静夜が溜息で答えた。
「いやね、白梅館で仲良くしてる初等部の子供がさ。熱が下がってきたもんだから寝てるのが嫌になって、康太先生のところから逃げ出したみたいなんだよ」
「康太先生のところから? あっ」
 ポンッと亮が手を打つ。なんだよという顔を向けられて、慌てて額を押さえた。
「いや、昨日さ、康太先生のところに怪我の治療を頼みにいったとき、そういえば寝てる子供がいたなぁって。なんか大人しそうな子供に見えたけどな」
「寝てればね。その寝てた子供、巧っていうんだけどね。元気そうだなって思わせるのって、目なんだと思うよ」
「目?」
 静夜の言葉に、亮が大袈裟に首を傾ぐ。智帆が会話に入り込んで、静夜の首を腕で捕まえた。


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