[第三話 紅葉、舞う]

前頁 | 目次 | 次頁
No.04  遠き言葉

「良い例がこいつだよ。美少女に見える見えるって言われながらも、見えるだけで本当に女だって思う奴いないだろ。女みたいに見えるなぁって思うだけだよな。それってようするに、こいつの目が結構鋭いのと、雰囲気が硬質なせいさ」
「あー、そっか」
「でも寝てる時とか風邪引いてるときとかは変わってくるからな。俺が思うに、静夜が風邪引いてうたた寝でもしてれば、一目ぼれする馬鹿が出てきても変じゃない」
「ちーほーっ! 変なこと言うなっ! 放せっ!」
 じたばたと智帆の腕の中で静夜は暴れる。本気で抜け出そうとしているのが分かるので、すぐに雄夜が加勢した。
 手を伸ばし、無理矢理にでも引きはがそうとする。けれど雄夜が力を込めるよりも早く、智帆は手を放してしれっと笑った。
「巧に出て来いってメール打ってくれって爽子さんに頼んでおこう。巧つるなら爽子さんに限る」
 わざとらしい笑みを唇に浮かべて、智帆がメールを打ちだす。静夜は乱れた髪を手でざっと押さえてから、憤懣やるかたない表情で友人を睨んだ。
「その前に、爽子さんから来たっていうメール、なんだったのか、話してないよ」
 メールを打つ智帆に低い声を投げた。同意と雄夜が肯く。
「あ、言ってなかったか。久樹さんと同じくレポートが終わって気分爽快だから、久しぶりにお弁当作るってさ。昼になったら白鳳館の前にある芝生に集まってだってよ。重箱に入れていくから、他にも友達を連れてきてとも書いてあった」
「弁当!! 友達!」
 突然に亮が目をきらきらさせる。両手を胸の前で組んで、どことなく気持ち悪いポーズをした。
「亮って、いつもお母さん特製の弁当持ってきてなかったっけ?」
 智帆の疑問に亮が返事をするよりも早く、おかしそうな高い笑い声が起こった。学級委員長である北条桜だ。
「うわ、ばらすなよ、北条!」
 慌てて口止めを試みるが、勝ち気な委員長は意味深に微笑んで、集まっているメンバーの前で口を開く。
「宇都宮ね、今日は寝坊したわけなのよ。で、耐えられなくなって、一時間目からお弁当食べちゃったわけ。ね、梓も見てたよね?」
 雄夜とその一行をうっとりと見つめていた秋山梓は、突然に話題を振られて目を丸くする。目に見えて大きく深呼吸を三つして「うん、見た」と答えた。
「亮、いくらなんでも一時間目からは早いよ。雄夜だって、最短記録は二時間目にだったのに」
 静夜が呆れる隣で、雄夜は頭を押さえる。照れたのだろうかと智帆が考えると、同じことを考えた梓が顔を赤くした。
「外でお弁当食べるのって素敵ね」
 桜のうらやましそうな声に、亮がぽんと手を打つ。
「北条は今日は弁当か?」
「ううん。今日は作れなかったから持ってきてないよ」
「じゃあ、北条も一緒に食べようぜ。な、いいだろ、智帆」
 お弁当の会に乱入したいものの、内輪の集まりに部外者が一人だけ紛れ込むのは寂しい。桜を巻き込んでしまえばそれもなくなると判断したらしく、亮はひどく乗り気だった。
 困惑した桜の手を、素早く梓が取った。
「わ、私も賛成!」
「梓?」
「いいでしょ、桜〜」
「う、うん。でも、いいの? 静夜くんたちは」
 乱入希望者だけで決めていいわけがない。今更だが正式にお伺いを立てる桜の生真面目さに、静夜が目を細めた。
「爽子さんが別の友達もって言ったってことは、思いきり沢山作りたい気分だってことなんだよね。援軍は助かるよ」
 なあ、と同意を求められて、智帆はメールを打つ手を止める。
「そうそう。前にも凄いことがあったんだよ。今日はお菓子な気分とか言うからさ、楽しみにしてたんだけど。凄いお菓子の山でさ、店でも開くのか!って量だったもんなぁ」
「あの時ほど、康太兄さんの存在を感謝したことはなかったね。きっと今日も亮たちを感謝することになるさ」
 静夜の言葉に、きゃあと声をたてて喜ぶ梓と、メシがたらふく食える〜と喜ぶ亮を見てら、桜は笑い出した。
 三時間目、四時間目の授業も移動教室がある。学生課の前で集まることを約束して、全員目的の教室に散った。
 
 
 寮である白梅館に設置された保健室から逃亡した初等部六年生の中島巧は、一旦外に出て大江康太保健医の目を外に向けた後、裏口から再び寮に舞い戻っていた。
 人目を忍んでエレベーターで十階を目指す。ついた後、一階のボタンを押してエレベーターを下に戻すのも忘れなかった。
 中島巧は、大きくつった瞳とトレードマークの野球帽のせいで、元気一杯のやんちゃ坊主に見える。細かいことを気にしない性格と思われがちだが、実は生真面目で、毎日お風呂に入らなければ安心しない性質だった。このあたりは大江静夜と似ている。最近は静夜の掃除好きが移ったらしく、二人で掃除方法について熱く語り合うこともあった。
 風邪で寝こんでからすでに幾日か経過し、回復の兆しが出てくると、巧は耐えられなくなった。風呂に入りたいと要望するも、康太は体を拭いてあげるから我慢しなさいとのんびりと笑うばかりで話しにならない。
 こうなったら実力行使!ということで、巧は保健室を脱出したのだった。
 学生証を玄関のカードリーダーに差しこんで鍵を開ける。扉が開くと、途端にむっとした空気が迫ってきて、巧は顔を不機嫌そうに歪めた。
「将斗の奴っ。換気全然してないな。カーテンも閉めっぱなしだし!」
 所帯じみたことを口にして、巧は部屋に入り込み、ついでにたたきに散らばった靴を揃えて、窓にと走る。カーテンを思いっきり開けてさんざめく日差しを受け、窓を開けた。
 初冬へとむかいつつある、秋の風が体に冷たい。ぶるりと震えて、巧はバスルームへと向かった。
 浴槽は使用後に洗わず放置されたようだった。徹底的に洗いたいが、流石にそこまで体力は回復していない。ざっと洗って蓋を閉め、風呂自動ボタンを押した。
 その頃には室内も窓からの風のおかげで、湿った埃っぽさが少し消えている。
「将斗、掃除機もかけてない」
 うっすらと埃が溜まった部分を睨みながら、掃除をしたい衝動と戦う。初等部の生徒同士だけの寮生は巧たちしかいないが、部屋は年嵩の生徒の部屋より整然としていた。
 学校に行く前に掃除を依頼するシステムも、巧は使っていない。頼むのは何時も洗濯だけだ。
 風呂が入るのを待つ間、体力温存の為に毛布を引っ張り出して椅子の上で丸まる。手持ち無沙汰でテレビでも付けようかと思ったところで、携帯がいきなり鳴りだした。
 何度もかかってきていた康太の着信音ではない。巧の体温を一度あげる音だ。
「爽子さんだ!」
 ポケットに突っ込んでおいた携帯電話を取りだして耳に当てる。片思いの相手である爽子からの電話を、取らないことなど出来なかった。
『巧くん? 良かった、出てくれたのね! 今何処にいるの!?』
 巧の声を待たずに、爽子の焦った声が響く。久しぶりの声に感動しながらも、巧は困ってしまった。
 素直に話したら、連れ戻されてしまう。
「え、えーっと」
『巧くん、どうして逃げ出したりなんてしたの? 風邪がひどくなるのに』
「……うん」
『どうしたの?』
 巧の声がひどく弱いことに、爽子の声も心配そうに落ちる。
「だってさ、康太先生、風呂に入っちゃいけないって言うんだよ」
『お風呂?』
「うん。俺、風呂に入りたかったんだ」
『それは……。私、怒れないかも……』
「だろう!? 風邪だからって、風呂に入れないなんて拷問だよ!」
 ここぞとばかりに巧が強調する。爽子は否定できずにうめいて、電話口で頭を垂れた。
『じゃあ、巧くん、今は自分の家にいるのね?』
「うん」
『お風呂、あとどれくらいですみそう?』
「んーと、四十分くらい?」
『分かった。じゃあその頃に迎えに行くわ。お風呂あがったらちゃんと暖かくしててね? 康太先生には私から連絡しておくから』
「本当!?」
『そのかわり、今日からはうちに泊まりにきて。私だったらお風呂に入るな!とか言わないから』
「――え?」
 ぴたと巧が静止した。
 泊まりに行く? 自分が? 爽子の家に??
「ええええ!?」
『大丈夫。私、看病は結構得意だから。巧くんなにか食べたいものない?』
「いや、あの、そうじゃなくって」
『お昼だけは、智帆くんたちとお弁当を食べようって約束しちゃったから、私でかけるけど。あとは部屋に一緒に居るようにするから。ね?』
「いや、ね、じゃなくって」
 女の子の部屋に泊まりにいくなんて、と巧は内心ひどくあせっていた。
『将斗くんも菊乃ちゃん家に泊まりに行ってるから、心配ないわ』
「将斗まで女の子の家」
 女の子の家というフレーズが頭でぐるぐるしている。爽子はあとでね、と明るい声を残して電話を切ってしまった。
 つーと響く通話がきれた音に、しばし巧は耳を澄ます。
「あ、しかも二人きりだ」
 気付いた瞬間、巧の体温は再び上昇した。
 窓辺にふらふらとよって、風に体をあてる。ふっと引かれるように遠くを見渡せば、高等部風鳳館の裏手に、人が集まっているような気がした。こういう時、見晴らしの良い十階はいい。
「――ん?」
 なにかが変だと、巧は思う。
 たいした倍率はないが、智帆から誕生日に貰ったオペラグラスを持ちだして、巧は集まっている人の群れをもう一度見た。
 高校生達が立っていた。
 何かしているようには見えない。ただ、何もせずに、立っているように見える。五人、いや七人はいた。
「なんだろ、あれ?」
 首を傾げたところで、風呂が入ったと呼ぶ機会音が響く。巧は感じた疑問をそのままに、爽子を待たせてはまずいからと、慌ててバスルームに向かった。
 生徒達は、巧が見なくなった後も、ただ立っていた。
 なにをするでもなく。ただ呆然と立っていた。焦点の定まっていない瞳が、丸の形で光る珠を見つめたまま。


 斎藤爽子は部屋を訪れた中島巧が寝静まったのを確認して、立ちあがった。時計が十一時四十五分を指し示しているのを見やって、小さなキッチンに向かう。テーブルには布に包まれた重箱があり、二つのポットには紅茶と玄米茶がつめられていた。
 眠った巧を起こさないように足をしのばせて外に出る。
「お、重い」
 五つがさねの重箱にぎっしりと詰めた弁当と、二つのポットはかなり重い。高校生との待ち合わせ場所は学生課や統合保健室のある白鳳館で、白梅館から遠くないが、今の爽子には遠大な距離に感じられた。
 えい、と気合をいれて持ち上げた所で、突然に肩を掴まれた。息を飲みこんだような悲鳴をあげると、おかしそうな笑い声が聞こえてくる。
「お嬢さん、お荷物をお持ちしましょうか」
「久樹っ!!」
 おどけたように手を差し伸べている幼馴染みに、爽子は心底腹を立てて声をはりあげる。動じずに久樹は指を唇あてて「しー」と囁き、爽子の手から二つのポットを取り上げた。
「巧が来てるんだろ? 起きるぞ」
「久樹、なんか勝ち誇った顔してない?」
「してないしてない。久しぶりに爽子の裏をかいてやった!だなんて思ってない」
「目が笑ってるくせに。説得力ないわよ。さっき先に行ってるってメールいれてきたの、私を驚かせるためだったでしょう!」
「爽子の驚いた顔を見るのって楽しいんだよなぁ」
「悪趣味〜」
 呆れ気味の、けれど楽しそうな笑顔を浮かべて、爽子は腕に抱えた重箱を持ちなおす。二人、並んでのんびりと歩き出した。
「そういえば、久樹って歩くの遅い?」
「なんだそれ」
 両手がふさがっている爽子のかわりにエレベーターの下のボタンを押して、久樹は首を傾げる。爽子は瞳をくるりと動かして、悪戯っぽい表情になった。
「丹羽教授にレポート受け取ってもらった後、ちょっと用事があって私だけ教授を追ったじゃない。別に普通に歩いているだけなのに、教授に追いつくためには走らないと駄目だったのよね。で、考えてみると、智帆くんとか雄夜くんについていくのも早足にならないと駄目だったことを思いだしたのよ」
 やってきたエレベーターに乗りこみ、階数を表示する入り口上部のパネルをついつい見つめながら、久樹が「それで?」と続きを促す。
「それでって、もう分かるでしょ?」
「なにが」
「私が言いたいこと」
「いや、別に」
 普通分かるのかと久樹が悩んだところで、エレベータが開いた。先に爽子を出してから外に出る。
「どっちかっていうと、俺は歩くの早いほうだぞ。気付くと友人連中が遥か後方で、よく怒られるしな。確かに智帆たちも歩くの早いか」
「そうそう。驚いたことに静夜くんもね、ってそういうことじゃなくって!」
「へ?」
「私、久樹と歩いてて置いて行かれたことないのよ。だから歩くの遅いのかなって思ったけど、そうじゃないっていうし。だったら、久樹にとって私が歩く速度っていうのは」
 人が歩く速度には、ある一定の決まった速度がおそらくある。爽子と共に居るときに、久樹が意識せずに速度を落とすならば、それはもう一つの彼の歩く普通の速度であると考えてよいだろう。
「うーん」
「なんだよ爽子、突然」
「改めて考えるとちょっと照れるなって。久樹にとって、私と一緒に歩くのって当たり前になってるってことでしょう?」
「んん?」
「だから、友達は置いてっちゃうのに、私のことは置いていかないってことは、一緒に歩くのが当たり前になってるんだ!ってことよ」
 鈍感ねと爽子は唇を尖らせる。それでも久樹の顔から怪訝そうな色が消えないので、彼女は腹だたしくなった。
「なんか文句あるの? 久樹」
「いや、なんだって今更当たり前のことを実感してんのかと思ってさ」
「今更?」
「違うかな。俺は爽子と一緒に居るのって、当たり前だって思ってるし、ずっと当たり前でいたいって思うし」
 ぽつりと言って、久樹は突然にそっぽを向いた。
「え?」
 今、幼馴染みの彼がどんな顔をしているのかが気になって、爽子は慌てて顔を上げる。けれど秋が深まり急激に色づいている銀杏や紅葉の鮮やかな色が見えるだけで、表情は伺えなかった。
 ただ、「爽子は違うのか?」という声が落ちてくる。 
 爽子は肯いて「違わない」と小さく答えた。


 前頁 | 目次 | 次頁

竹原湊 湖底廃園
Copyright Minato Takehara All Rights Reserved.