[第四話 凍土]

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No.02  心の羅針盤

「そろそろな、静夜に起きてもらわないと困る事情が出来たんだ」
 だろ?と、身体を斜めにして智帆は雄夜に問い掛ける。ベッドで眠る静夜を見ないですむ位置に逃げようとしていた雄夜が、ビクリと身体を震わせた。
「あ、ああ、そう」
「起きてくれって頼んでみろよ。静夜の助力が必要なのは、雄夜だろ?」
「――智帆」
「俺にすがるな」
 冷たく切り捨てる。二人のやりとりに年少組が不思議そうにしたので、智帆は苦く笑った。
「朱花と蒼花が、雄夜の支配下から離れたんだ。どこに居るのかも、今の雄夜には分からない」
「――それって、かなりマズイんじゃねぇの?」
 ぎょっと目を見張って叫んだ巧の隣で、将斗は「何か問題あるのか?」と首をひねる。
「楽観は出来ない状態だな。だから静夜に早く目覚めてもらって、蒼花の位置をつかんで欲しいわけだよ。――ところでな、将斗。一つ聞いていいか?」
 ひょいと身体をかがめて、智帆は彼の目を覗き込む。
 全身を緊張で固まらせて、なんとか眠る静夜の元に向かおうとする雄夜を眺めていた久樹が、将斗に向けられた質問に興味をそそられたのか振り向く。
「危機を俺らに伝えてくれたろ。あれは、お前だけの力でやったのか?」
「うん。いきなりあの光景が意識に飛び込んできてさー。俺と巧が走っても、間に合わない!って思ったんだよ。そしたらすっごく気持ちが焦って、気付いたら智帆兄ちゃんと雄夜兄ちゃんに、俺が”視る”ものを飛ばしてた」
「――あの時、将斗の目の色が変わってたよ。茜色だった……」
 顔をうつむかせて、巧が低く言い放つ。将斗は驚いたように目を見張り、智帆は「そうか」と呟いた。
「なあ、危機の光景って何の話だ?」
 いきなりの重い雰囲気に首を傾げながら、椅子に座ったままで久樹が口を挟んでくる。
「ああ、久樹さんは将斗が送った光景を受け取れなかったか。さっき、爽子さんが邪気に襲われたんだよ」
「爽子がっ!?」
 前に乗り出して焦る久樹を、智帆は軽し制する。
「校門のとこでな。幸恵さんと、松永さんも一緒だ」
「弘毅? ああ、サチにくっついてたのか。積極的だな、あいつ」
 一人で滕手に納得してしまう彼に、智帆は皮肉な視先をむけた。それに気付かずに、久樹は首を傾げる。
「さっきさ、将斗達に話してたろ? 式神がどこに在るか分からないってさ。なんでだ?」
「理由は俺にも不明だよ。なあ、静夜に近寄れずに固り続けている雄夜くん。式神を向けた時に、なにか変なことはあったのか?」
 揶揄する声を背に受けて、雄夜はバツが悪そうにのそりと振り向く。
「破壊衝動が凄まじかった。まるで全てを一時に呼んだような、激しさだったな」
「朱花と蒼花だけで、か?」
 唖然と問われて肯きながら、雄夜は身体を侵食していく凄まじい破壊衝動を思い出していた。
「……いや」
 首を振る。
「破壊衝動だけが膨れ上がったんじゃなくて、朱花と蒼花の能力自体も数倍に跳ね上がっていた」
 ――能力が上がる。
 はじかれたように巧が顔をあげた。
「智帆にぃ! 能カが上がるって、それって!」
 爽子さんに関係しているんじゃと続けようとした言葉を、智帆がシッと指を囗元にあてたので飲み込む。
 ――能力が突然に跳ね上がることがある。
「危機に陥ったのは、爽子さんたちだな」
 身体を震わせ始めた巧を腕の内に庇い、智帆は「式神の能カにまで、関与が出来る可能性が高いなんてな」と、小声を落とす。
 ――斎藤爽子が操る異能力は、無意識に発動させるには危険が大きすぎる。
 首を振り、智帆は目をあげると一同を睨んだ。
「久樹さん、爽子さんをここに呼んでくれ」
「爽子はこれから講義があるぞ?」
「時間がない。式神がどのように姿を現し消えたのか、松永さんが爽子さんたちと共に居た理由はなんなのか。今、知っておく必要があるんだ」
「ちょっと待て。弘毅が爽子たちと一緒にいた理由を知る必要が何処に?」
「警戒しているから」
「は? ちょっと待てよ、なんで弘毅を警戒する?」
「警戒する必要がないとでも?」
 ぞっとする程に冷たい嘲笑を、智帆は唇に刷いた。
「必要がないと考えているのは、久樹さんだけだな。――友人である久樹さんだけが、松永さんがしていることを知らない」
「何をしているって言うんだよ!」
「松永さんは、白鳳学園で広まりつつある”奇妙な現象に関与する寮生”の噂を調べている。おかげで噂は大きく膨らみ始めているよ」
「……弘毅が調べているせい?」
 目を丸く見開いて、久樹は唖然とする。
 竜巻と吹雪などという不可思議な現象に巻き込まれた晩、弘毅は久樹の怪我を心配してくるだけだった。――噂を調べようと考えていた様子は一つもなかったのだ。
 言いがかりを付けるなと詰め寄ろうとした久樹の腕を、突然に雄夜が引きとめる。驚いて振り向いた視界に、「本当だ」と低く答えた雄夜の切れ長の眼差しが飛び込んで来た。
「康太兄さんが松永さん本人に聞いてる。――なんで噂を調べているんだと」
「弘毅に、聞いた?」
「聞いた。友達が大変そうだから、知りたいんだと。……久樹さん、智帆は根拠なく人を疑いはしない。大事な友達を疑われて、腹が立つのは当たり前だろうが」
 感情を消した表情で場を眺めている、智帆を見やって雄夜は目を細める。
「疑いたくて相手を疑うわけじゃない。静夜が前にそう言ったことがある。簡単な覚悟で人を疑うわけじゃない。感情だけで、智帆を憎んでいるような目で睨むな」
「雄夜。……悪い。弘毅が俺を心配して、噂を調べているのは。本当、なんだな」
 なんでこんなことに、と混乱する彼の腕を雄夜は離す。智帆は溜息を落とし、軽く手を伸ばして久樹の胸ポケットを叩いた。
「誰かを心配する人間ってのは、とんでもない行動力を見せることが多いんだよ。とにかく、今は爽子さんを呼んでくれ」
「分かった。智帆、その……」
「謝罪は受け取らない。久樹さんが信用する順位が高いのが誰かだなんてこと、俺が文句つけることじゃないからな」
 冷たく拒絶されて、久樹はぐっと声を詰まらせる。なにか反論をせねばと考えるのが、良い言葉は浮かばなかった。
「俺は、智帆たちを信じてるよ。それは本当なんだ」
 ただ絞りだすようにそれだけ言って、久樹は携帯電話を取りだす。コールを五つばかり数えたところで、『久樹っ!』と叫ぶ、切羽詰まった爽子の声が響いた。
「爽子? どうしたっ」
 焦っている幼馴染みの声に、久樹もつられて慌てる。
『幸恵がいないのっ! さっき邪気に襲われて、幸恵が真っ青になっていたから。落ちつかせようと思って、紅茶を買いに行ったの。なのに戻ってきたら、幸恵がいないのよ! 松永さんも一緒に!』
「いないのかっ!?」
 弘毅にとって幸恵は片思いの相手だ。それと同時に、夏に起きた事件を知る一人でもある。
 つっと冷や汗が額を伝い、久樹は初めて友人がしていることに青くなった。
「爽子、授業サボることになるけど、白梅館の保健室に来てくれ。全員揃っているから、そこで相談しよう」
『みんな居るの? だったら雄夜くんに伝えて、助けてくれてありがとうって。松永さんが無事ですんだの、朱花と蒼花のおかげだもの』
「ちゃんと伝えておく。爽子、急ぎすぎて転ぶなよ」
『分かってるわ。子供扱いしないでよ』
 馴染みの声は少し笑っていて、久樹は爽子が落ちつきを取り戻したことを知る。電話を切ると、じっと視線をむけてきていた智帆を見やった。
「サチと弘毅がいなくなった。サチは、爽子を置いて勝手にどっか行くような奴じゃない。多分、弘毅がどっかに連れて行ったんだ」
 なんでそんな事をするんだと、頭を抱える。智帆は苦悩する久樹を前に無言のまま腕を組み、ふいっと眠りつづける友人のほうに視線をやった。
「なにが起きるってさ、静夜なら考えるよ?」
 そんなことを、ごちるように智帆は呟く。

 
 立花幸恵は喫茶店の椅子に座り、膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめていた。ガラス越しにさんさんと差しこんでくる太陽の温もりは優しく暖かで、普段ならば小さな幸せに目を細めていただろうと、幸恵は思う。
 今、彼女の隣には松永弘毅が座っていた。向かいには学生課に勤務する本多里奈がおり、その隣には丹羽教授が座っている。
 爽子が紅茶を買ってくるからと言って立ち去った直後に、本多里奈と丹羽教授が二人が座る前の道を通りかかったのだ。
「教授、路面が凍ってますね」
 眉根をよせて呟き、里奈はぐるりと周囲を見渡す。そうやって初めて、ベンチに座っている男女に気付いて目を見張った。
 弘毅が噂に付いて教えてくれと聞きまわったことで、統括保健医の大江康太に訴えた生徒がいたように、学生課の里奈にヘンな奴がいる!と訴えてきた生徒も多く居たのだ。その上、白梅館に部外者である弘毅を泊める許可をだしたのは里奈であったので、弘毅にめぼしを付けて警戒していたのだ。
 早いうちに話しをしておきたいと考えていた里奈は、丹羽教授の了解を取ってから、松永弘毅に話しかけていた。同時に具合が悪そうな幸恵を心配して、四人は学園近くの喫茶店に移動して顔を付き合わせている。
 ぎゅっと握りしめた拳に視線を落としながら、幸恵は置いてきてしまった爽子に思いを向けた。理由はないが、なんとなく爽子が戻ってきてはち合わせしてはならないような気がしていたのだ。
 爽子が一緒だったことは黙っていてくれと、弘毅にもそっと囁いている。
 向かいに座っている里奈は、紅茶に口に付ける幸恵の顔色が落ちついていくのをホッとした表情で見つめた。コーヒーカップを両手で包み込み、単刀直入に聞くけどね、と二人に断る。
「また何かヘンなことが起きたのでしょう? 路面が凍っていたことに関係あるのかしら?」
「”また”って……。ああ、昨日、吹雪と竜巻が起きてるからですか?」
 弘毅が首を傾げると、里奈は目を細めて幸恵を見つめる。
「昨日のことだけじゃないわ。ねえ、立花さん。貴方、夏に起きた事件を知っているわけよね?」
「夏の事件?」
 驚いて顔をあげた幸恵に、里奈は「そう」と肯く。興味をひかれた弘毅が目を輝かせ、じっと見つめてくるので、居心地が悪そうに幸恵はみじろいだ。
「幽霊騒ぎはありました。でも、それだけです。学園で噂になっている件とは関係ないはずです」 
「立花さんがそう思っているだけなのかもしれないの」
 形の良い眉を寄せると、里奈は鞄からクリアファイルを取りだす。隣の丹羽教授が、ちらりとファイルを見やったが、何も口出しはしなかった。
「立花さんが関係ないことだと思っている妹さんが巻き込まれた件でもね、奇妙なことが起きているのよ。炎鳳館の校門が消えてしまったなんて事も起こっている。
「校門が消えた?」
「そう。校門が消えるのを目撃した生徒からの連絡もあったわ。校門消失の際にはね、立花さんの妹さんもその場に居たって話しよ」
「私の妹が巻き込まれたのは、幽霊騒ぎではなくて、奇妙な事件の一つだったとおっしゃるんですね」
 きゅっと眉を寄せて、幸恵は身体を震わせる。弘毅は支えようと肩に手を伸ばしたが、彼女はするりと身体をかわした。
 里奈は強い眼差しで、じっと二人を見据える。
「奇妙な事件は確かに起きていて、事件の側にかならず名前が出る生徒がいるの。春と夏、そして高等部の二年A組の生徒たちの身に起きた不思議な出来事にも、その生徒たちは関わっている」
「遠まわしな言いまわしばかりですね。丹羽教授と本多さんは、もうとっくにその生徒が誰であるかを知っていて、探っているのでしょう?」
「ええ」
「探られているのは、私の友達なんですね」
 普段は穏やかで優しげな幸恵が、敵を前にでもしたかのような強さでじっと二人を見据えている。弘毅は驚いて彼女の澄んだ横顔を見守り、次の言葉を待っていた。
「誤解しないで。私は彼らを疑っているけれど、事件を引き起こしているって考えているわけではないの。彼らの行動は、起きた事件を収束させようとしていると思えるから。……あのね、私自身が春に起きた事件の当事者なの。丹羽教授は目撃者だわ」
「――え?」
「桜が異常に咲いたり、教授の部屋が吹き飛んだり。――不思議な力を持った舞姫が現れて、私の身体をのっとったり。……色々、あったの」 
 春先の事件を思いだして、里奈は苦しげに身体をこわばらせる。緊張と怯えに震えてしまう彼女の手の上に、ごく自然に手を重ねて、丹羽教授はあやすようにぽんぽんと叩いた。
 里奈はそっと微笑んで、改めて口を開く。
「私は彼らに助けられたと思っているわ。でもね、こうも変な事件起きてしまうと心配にもなるの。何故こんなことが起きるのか、何故彼らは常にそれに関わるのか」
 クリアファイルに挟んであった、レポート用紙を里奈は二人の前に広げる。織田久樹、斎藤爽子、秦智帆、大江静夜、大江雄夜、中島巧、川中将斗、七名についての個人情報と、春、夏、秋に起きた事件に付いてが記されていた。
「私が知っている情報はこれだけよ。自分で体験したこと、学生課に寄せられた情報、生徒たちの間であがっている噂とかを色々とまとめたの。ねえ、松永くん」
 突然、話題の矛先を弘毅に向けて、里奈は表情を尖らせた。
「貴方が織田くんの友達だってことは分かっています。昨日に起きたことで、色々と調べたくなる気持ちも分かるの。でもね、貴方が表立って噂を調べだしたせいで、噂が妙な形になりつつあるわ」
「――妙な、形?」
 突然に振られた話題に、弘毅は身体を乗り出す。傍観者のような態度を取り続けていた丹羽教授が、初めてじろりと弘毅をねめつけた。
「予想できなかったか?」
「えっと、その、ナニをですか?」
「常識で計れない事件が続けば、人は不安になるものだ。それについての噂があれば、皆が聞き耳を立てるだろう。――人は責任を転化できる相手を探す生き物だ。最近、噂は変異している。不思議な事件に関わる生徒がいる、ではなく」
 言葉を切り、丹羽教授は重い仕草で腕を組んだ。
「不思議な事件を”起こす”生徒がいる、とな」
「――え?」
 思いがけない言葉に、弘毅は固まる。代わりに幸恵が声を上げた。
「お二人はこう言いたいんですね? 私には、爽子たちに気を付けるようにと忠告をしろと。松永くんには、不用意に噂を探るような真似をするなと」
「ええ。でも、おとなしく引き下がってはくれないと思ったから。松永くんに、噂を調べることで入手できるレベルの情報を渡しておこうと思ったの。――これで満足でしょう?」
 冷たく響く声で、里奈は手元に広げた資料を弘毅に押しつける。
「秋の事件はあまり噂になっていないわ。二年A組は仲の良いクラスでね。変な噂が立つ前にと計画したかのように、怪談話に仕上げて広めてしまっている。どうしても聞きたいならね、二年A組の委員長コンビに聞いてご覧なさい。貴方も知っているわ、北条桜と宇都宮亮よ」
「――亮!?」
 思いがけない名前が飛び出して、弘毅は驚きに息を飲む。それで初めて、竜巻に巻き込まれて以降、亮が突然に態度を硬化させた理由に肩を落とした。
「俺が噂を調べようとしたから警戒したワケだ。クラスメイトの……いや、友人である三人を守るために」
「そうでしょうね。噂を調べるということは、噂を再度広めることと同義だもの。これで私たちの話しは終わり」
 伝票を手にとって立ちあがる。立ち去り際に、里奈は弘毅の肩を軽く叩き、そっと唇を耳元に寄せた。
「貴方が織田さんを大事な友人だと思うように、他の六人を大事な友人だと思っている人がいることも忘れないで」
 小鳥のさえずりのように軽やかな里奈の言葉に、弘毅は固まったまま動けないでいた。
 何をしたいのか?と保健医の康太は言った。
 調べて手に入る情報を手に入れた今、康太の言葉が弘毅に重くのしかかってくる。
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