[第四話 凍土]

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No.04  心の羅針盤

 ――それでも、二人が考え出す方法に依存しているのは変わっていない。
「不安なのが当たり前なんだよな。静夜と二人で考えていたものを、一人でこなさなくちゃならないんだから。……謝るのは俺らの方だ。智帆が答えるのが当然って顔で、ただ待ってるだけなしだからな」
「俺は今、なんかひどく恥ずかしいことを、言われてる気がしますが?」
「はぐらかすなよ、本心なんだ。智帆、ごめんな」
 からかってくる言葉に乗らず、静かに頭を下げる。本気で面食らった様子の智帆に、久樹はたたみかけた。
「弘毅のこともさ。ちゃんと確認して、嗅ぎ回るような真似はやめてくれって頼むよ」
 真剣な言葉の前で、良く回るロを閉じたまま、智帆は固まっていた。
 巧がぎゅっと、彼の手を握りしめる。
「俺なりに考えてることもあるよ。とっかかりくらいにはなるかもだから、智帆にぃと静夜にぃに話す。聞いてくれる?」
「そりゃあ、聞くさ」
「俺はさー」
 ひょいと手を伸ばし、従兄弟と同じように将斗も智帆の腕を取る。
「あんま頭よくないから、あんま役にたたないかもしれない。情報とか集めるのは手伝えるからさー。智帆兄ちゃん達が抱えこんで苦しいのは嫌だな」
 唇をとがらせた将斗の肩を軽く支えて、雄夜が前に出る。恐ろしいしかめ面で、彼は智帆を睨みつけた。
「俺は責任をお前たちだけに背負わせたりはしない。俺も背負うと決めたから、口出ししないだけだ」
「分かってるって、雄夜」
「なら、いい」
 ぷいと背けた顔が拗ねている。智帆は思わず吹き出して、バンバンと雄夜の肩を叩く。
 一人だけ輪から外れ、爽子はまるで傍観者のように全員を見付めていた。
 ――全員の距離が、縮まっていく。
 嬉しいことのはずと思うのだが、なぜが心が浮き立たない。まるで一人だけ孤島に置き去りにされたような絶望に、彼女は震えた。
 全ての光景が色を失い、モノクロームとなっていく錯覚に震える爽子の視界で、皮肉っぽく智帆が肩をすくめている。
「なんか笑わせて貰ったよ」
「……あのなぁ。ここは感動する所だろ?」
 情けなさそうに両肩を落とした久樹を、智帆は尊大に見下ろした。
「ま、俺が相手じゃなかったらな。とにかく今は青春よりも対応だよ。松永さんを止めて、邪気を警戒しつつも正体を探る。……俺らが動いているって、ばれないようにな」
「遠隔でってなると式神に頼るのが、一番なんだろうけど」
 久樹の言葉に、苦虫を噛み潰したような表情で、雄夜が朱花と蒼花を見やる。
「……遠くにやるの、恐くもなるよな。なにせ消滅しかかったわけだし」
 ビクッと雄夜は肩を震わせた。
 巧と将斗は何も言えず、智帆は顎を撫でる。
「今回の邪気は水系だな。反対属性の朱花と、同属性の蒼花が危険な目にあったわけだ。呼ぶなら短時間で、橙花ってところだな。式神からカを奪い得る相手、か……」
 懸念に声を低めたところで、智帆はふと静止する。「奪う?」と繰り返したのので、久樹は首を傾げた。
「どうした?」
「いや、いい。それより、爽子さんの携帯の着メロが鳴ってるよ」
「え!? あ、メールだ。……幸恵からっ!」
 弘毅と共に姿が見えなくなった友人からのメールに、爽子は声を上げる。全員がどっと小さな携帯電話の画面を覗き込んだので「読めないわ」と爽子は無意識に笑っていた。
「爽子さん」
 改めてメールを読もうとした爽子の耳を、子供の呼ぶ声が打つ。
「巧くん?」
「変なことを考えちゃ駄目だよ。爽子さんがいてくれることは、とっても大事なことなんだからさ」
「え?」
 孤島に取り残されるに似た孤独を勝手に味わった事を見抜かれたようで、爽子は目を丸くする。久樹が「なんの話だ?」と二人の間に入って、巧はしれっと笑った。
「爽子さんと俺との内緒話。ね?」
「え? あ、うん、そうね。……ありがとう、巧くん。えっと幸恵のメールだけど」
 スクロールしながら文章を読む爽子の表情が固まった。
「丹羽教授と、本多さんに呼び止められたんだって。松永さんが噂を調べだしたことで、学園で広まっている噂の形が変わり始めてるから気をつけてって言われたって。”奇妙な出来事に関わっている生徒がいる”じゃなくて」
 最後まで読めずに爽子は言いよどむ。智帆は表情に暗い影を落とし、すっと手を挙げた。
「奇妙な出来事を引き起こす生徒がいる、か……」
「――!! なんで分かったの?」
「噂の変化は経験済みなんでね。厄介なことになって来たな。それで、丹羽教授たちはなんだって松永さんまで?」
「調べるなって釘をさしていたって。噂を調べる程度で分かることなら、教えてあげるって言って、本多さんが資料を渡したそうよ」
 呆然と爽子が顔をあげると、目の前の久樹は頭を抱え込む。
 なぜそうまでして弘毅が”奇妙な出来事”を知ろうとするのか、それが久樹には分からなかった。
 智帆は無言のまま肩をすくめる。
「本多さんは舞姫の事件の当事者だからな。噂で知り得る以上のことを、松永さんは知ったわけだ。しかし本多さんたちが俺らに気をつけろと忠告してくるなら、少なくとも追い詰める気はないってことか」
「幸恵もね」
 なりを潜めていた凛々しさを瞳にたたえ、爽子は顔をあげる。
「信じているから、無理はしないでって。無理をして私たちが怪我をしたりする方が悲しいって、書いてある」
「そっか。良かったー」
 ぽつんと、安堵した声を将斗が上げた。
「菊乃のお姉ちゃんに拒絶されるなんてさ、想像するだけでも怖かったからさー」
 声が震えているのは、泣くのをおさえている為なのか。
 目の前の少年たちの全てが、身近な誰かに否定され拒絶された過去を持つ。その過去の重さと痛みを、久樹と爽子は初めて思い知らされていた。
「異能力を持つ、恐ろしさ……」
 周囲の人間がどう変わっていくのか。
 初めて抱く不安に、爽子も久樹も震えていた。



 地下鉄の駅にあるベンチを一つ占領して、松永弘毅は背を丸めている。
 寒空に吹き荒れる北風から逃れてふらふらとやってきた構内は、風は防いでいたが気温を高めてはいなかった。弘毅は首を締め付けるほどに強くマフラーを巻き、圏外をしめす携帯電話を膝に置いたままじっとしている。
「久樹ん家、帰りたいなぁ」
 一つぼやいて、弘毅はちらりと右隣のベンチに放り投げた紙の束を見やった。
 知りたかったはずの情報は、彼に得た満足を与えてはくれなかった。里奈の文字を読み進める都度、信じられないと何度思ったことか。そう思ったことこそが、弘毅を追い詰めて溜息をつかせている。
「なんでこんな、とんでもないことが起きてんのかな。高校の時は、誰もいないところで物が動くとか、幽霊みたいなのが見えるとか。火事でもないのに、炎を見たとか。そんな程度だったろうが、久樹」
 側にいない友人を滕手になじり、赤く染めた部分が印象的な前髪をかき回す。
 竜巻と吹雪に襲われた。
 これだけでも充分とんでもないというのに、春と夏に起きた事件も激しすぎる。普通ならば、学園が沸騰するほどの騒ぎになるものではないだろうか? まことしやかに噂が流れている程度だったからこそ、高校のときに弘毅自身が知った異変と、同じ程度のものが起きていると考えていたのだ。
「変なトコだな、白鳳ってのは」
 普通の学園にはない、不思議な包容力を持っているように感じられる。それが、不可思議な事件を容認する耐性を作り出しているような気がした。
 ポケットの中に手を突っ込み、弘毅は二枚の百円玉を握り締める。暖かいコーヒーを買おうと立ち上がったところで、立花幸恵の言葉が蘇って小銭を握り締めたまま足をとめた。
「久くんに聞いたほうがいいよ、か」
 当然のことを、当然のように告げ得る幸恵の真っ直ぐさが、今の弘毅には眩しい。
「幸恵さんなら聞くんだろうな。知りたいと思ったときに、斎藤さんに」
 でも俺はどうやって聞けばいいのか分からないよ、と首を振る。お前には関係ないと否定されるのを怖がっていた心理を、今は認めていた。
「俺に噂を調べるのはなぜだって尋ねてきた保健医は、聞かずに受け止めてるみたいだった。幸恵さんもそうだ。そういえば……」
 ベンチに再び腰を落とし、再び資料を手に取る。紙をめくって、秋に起きた事件について記されている短い文章をむさぼるように読んだ。
「事件に遭遇したのは高等部の二年A組。――雪かきの時にあった、亮のクラスだ」
 かなり意気投合して共に騒いだというのに、噂を調べようとした姿を見られた途端、態度を急変させた宇都宮亮のクラス。
「なんでだ? なんで誰もが、それなりに受け入れてしまっているんだ? 本多さんと丹羽教授はそれなりに調べようとしているみたいだったケド、話を大きくしようとはしていなかった。幸恵さんは不思議がることもしていない。――亮、お前は? お前も、ただ黙っているだけなのか?」
 ――知って、何がしたいんだい?
 保健医の大江康太の問いへの答えは、やはり今でも変わらない。
「手助けできることだってあるハズなんだ。亮、お前がどう考えているのか。いや、二年A組にとって都合の良い噂を流してみせたっていう、三人がどう考えているのかを知りたい」
 巻き込まれてなお、積極的に噂に関わる三人の高校生を庇っていると思われる高校生たち。
「久樹に聞くのが怖いワケじゃない。これを聞いたら、直接に聞く」
 必要のない言い訳は、彼自身の為であったのか。呟き終えてから、弘毅は放課後の高等部を目指すべく地下鉄の駅を飛び出す。
 そのまま走って学園に向かい、すれ違う生徒たちの注目を浴びながら高等部風鳳館の校門をくぐる。運動部の生徒たちの声が耳に届いて、弘毅は自分自身の高校時代を思い出して目を細めた。その視界に、地面に走った無惨な傷跡が入ってくる。
 ――奇妙な力が学園を支配する。
 そんなフレーズが頭に浮かんできて、弘毅は眉根をきつく寄せた。
「変なんだ。それは、間違いない」
 じっと傷跡の走る地面を見つめている弘毅を、不審そうに見つめてくる目に気付いて顔をあげる。学校はもともと閉鎖された空間で、属さぬ部外者には冷たいものだ。卒業生らしい雰囲気を出せるように心がけて、走り出したいのを我慢して呑気に歩く。
 昇降口にあった来客用のスリッパを、弘毅は当たり前のような顔で失敬した。そのまま正面の階段に足をかけ、二階を目指す。
「二年はやっぱ、二階だろ」
 スリッパのせいで足音がぺたぺたと響く。放課後の校舎内は人気に乏しく、反響する足音が薄ら寒かった。一段、二段、と段数を無意識に数えていた弘毅は、三十まで数えたところで足を止める。
 奇妙だ。
 いくらなんでも、この階段は三十段もなかったはず。冷や汗が背を伝い、そろりと彼は振り向いた。
 ――目眩。
 延々。延々。階段が続いている。終わりの見えない、果てのないソレが。
 身体が傾ぎそうになって、慌てて足をふんばった。恐る恐る前を見て、喉から悲鳴が爆発しそうになる。
 小さな女童が、階段に腰掛けて座っていた。吹雪を起こし、竜巻を呼び、氷を呼び寄せた、あの子供だ。
 揃えている膝に両肘をつき、薄い着物から覗く白い足を揺らせて遊んでいる。髪は艶のない黒で、前髪がすっと通った鼻筋の半分までを隠していた。
 ――手に握り締めるのは、赤いでんでん太鼓。
「お前、は」 
『みぃつけた』
 かくれんぼに興じる女童のように。
 血に濡れたように赤い唇を、三日月の形にゆがませて女童が笑う。
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竹原湊 湖底廃園
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