[第四話 凍土]

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No.06  心の羅針盤

 智帆は答えず、とりあえず風を弘毅にも向けて、前を睨む。風鳳館を飛び出たところで、秋山梓を背負って走る大江雄夜の後ろ姿を発見した。彼の横には、守護するべく寄り添った、大地の橙花の姿がある。
「雄夜!」
 声を張り上げて呼べば、驚いた雄夜が顔を向けてきた。背負われていた梓も目を見張り、北条桜と宇都宮亮に向かって手を振る。
「桜、亮くん! 風鳳館はどうなってるの!?」
「雹がばたばた落ちてきてるよ。梓はどうしたの」
「足におっきな氷の塊が落ちてきたの。走れるって言ったんだけど、雄夜くんが背負ってくれるっていうから」
 嬉しそうに顔を赤く染めた恋する少女に、桜は思わず脱力する。亮は秋山らしいよと苦笑いして、智帆と雄夜が何事かを囁くのを見守った。 
 雄夜は目を見張り、ひどく怒ったような顔で頷いてみせる。
「ねえ、雄夜くん! どこ向かってるの?」
 背負われている梓が呑気に尋ねると、雄夜は「白梅館」とだけ答えた。
 ――静夜が眠っている場所。
「炎鳳館から飛び出してきたな。巧、こっちだ!」
 邪気が好き勝手に暴れ回っているおかげで、彼ら以外に外を走っている人影はいない。周囲を気にせずに声を上げると、立花菊乃を真ん中にして守っていた中島巧と川中将斗は手を振った。
「合流できてよかった。って、なんで当たり前な顔をして松永さんまで一緒に居るんだよ!」
 巧がぎょっと目を剥く。「一緒にいさせて下さいヨ〜」と言って、弘毅は情けなさそうな顔をした。
「あんた、噂探ってたんだろ。学生課の本多さんに色々資料貰ったんだろ! 知りたいこと知ったんだから、もう俺らに関わるなよ!」
 全身で怒りを露わにする巧に、菊乃がびっくりして目を見張る。巧を見、将斗を見、最後に弘毅を見て、細い首を傾げた。
「弘毅お兄ちゃん、将斗くんになにかしたの? 菊乃、将斗くん達を苛めたら許さないから!」
 ぷうと頬を膨らませて怒る菊乃の手を、将斗が慌てて引く。まだ走るからと、声を掛けてせかした。
「巧、久樹さんの携帯、電話つながったか?」
 先頭を走る智帆の問いに、巧は難しい顔になる。
 合流してからは、智帆と雄夜が降ってくる雹や、突然の吹雪から一行を守っていた。将斗は菊乃の手を引き、高校生三人組が弘毅の相手を努めている。
 久樹と爽子と連絡を取ろうとしていたのが、巧だったのだ。
「まだ。ずっと話し中なんだよ、爽子さんのも繋がらないから、二人で話しているのかもしんない!」
 全員ばたばたと走りながら、学生課のある白鳳館の前を通り過ぎる。外を眺めていた本多里奈が、丹羽教授の腕を引きながら窓を開け「何処にいくの!! ここに入りなさい!」と叫んできたが、当然のように無視をした。
 白鳳館から道なりに進み、大学部水鳳館へと続く桜並木を抜ける。
「繋がった!」
 ずっと携帯電話をリダイアルし続けていた巧が、声を上げた。
 無言で走り続けていた雄夜が巧に視線を向け、「ここに呼べ。橙花を守りにやらせる。将斗、先導しろ」と低く告げてくる。
 自分たち以外の目があるところでの発言に、慌てて巧は周りを見渡た。
 雄夜に背員われている梓は、信用しきった眼差しで、彼の言動をそのまま受け入れている。続いている二人の高校生も、将斗の手を放さない菊乃も同じ態度で、巧は胸が熱くなった。
 ――受け入れられることを、願ってもいいのかもしれない。
 智帆がニヤリと唇の端を持ち上げた。まるで同じ意見だと伝えているような仕草に、巧は楽しくなってくる。
「久樹にぃ、爽子さんは一諸なのか!?」
 電波が悪く聞き取りにくいので、携帯電話に巧は大声をぶつける。久樹の方も、負けじと声を張り上げてきた。
『ああ、合流したよっ。サチも一諸だ! 水鳳館の中はめちゃくちゃだよ、水道管が破裂して、凍ってる!』
「こっちの道は、吹雪と雹だよ。今、橙花がそっちに迎えに行ったから、こっちに合流してよ」
『いいのか!? 式神を雄夜の側から離して!』
 ぎょっとしている久樹の言葉を雄夜に伝える。無言を守っていた雄夜は片手で梓を支え、巧の携帯電話をもぎ取った。
「橙花だけなら、奪わせない。いいから久樹さんは早く来いっ!」
『了解だ! っと、橙花が来たっ。また後でなっ!』
 電話が切れて、巧は意識を己の中にある“大地の力“へと集中した。
 橙花が外れた今、一行を守る力は智帆の風だけだ。以前の巧ならば、それに頼っていただろうが、今は違う。
 吹雪を防ぎ、雹を弾き、息を切らしながらも走り続けて、ついに水鳳館の重厚な門構えが見えてくる。きらきらと太陽光を反射するのが、そびえ立つ氷の柱であることに、誰もが息を呑んでいた。
「近付くほどに、激しさを増す」
 智帆が憤りを封じた言葉を吐き捨てる。
 隣からスッと身体を前に出した雄夜が、水鳳館に向かって「橙花っ」と低く声を上げた。応えて、橙色の旋風のごとき影が飛び出してきた。
 大地の力を宿す、狼の形をした式神。
「雄夜っ! 橙花、ありがとなっ!」 
 斎藤爽子と立花幸恵の両方を守っていた織田久樹が、大きく手を振りかぶる。合流したところで、ぎょっと目を見開いた。
「弘毅!? なんでお前こんなトコに!? ……うお! 雄夜、見ろ、丹羽教授と本多さんまで追っかけてきてるぞ!」
「――大所帯だな」
「そんな呑気なこと言ってる場合なのか!?」
 珍しく久樹のほうが懸念して目を剥いている。雄夜と久樹を押しのけ、再び先頭にたった智帆がからからと笑った。
「この面子に今更隠してもな」
「智帆ぉ!? お前、熱でもあるのかっ!?」
 走りながら額に触れて来ようとする手を振り払い、智帆は不敵な笑みを浮かべてみせる。
「信用しうる相手を見定めることくらい、してみせてこその頭脳系だよ」
「か……かっこいいぞ、智帆」
「昔からだよ」
 しゃらりと言い放ち、ついに目的である白梅館を視界にとらえる。久樹はまだ口を挟みたい様子だったが、いの一番にへばっている弘毅に袖を捕まれて気をそらした。
 爽子は幸恵と肩を並べて走りながら、久樹と弘毅のじゃれあうような口論を、空虚な眼差しで見つめていた。
 白梅館の石畳のエントランスに高い音が響き、智帆が飛び込んでいく。寮の中はしんと静まり、人の気配はなかった。
 保健室は二階の端にある。
 階段を駆けのぼり、廊下に足をつけ、保健室へと向かう。扉に触れた瞬間、とんでもない圧力に身体を押し返されて、智帆は飛びすさった。きつく眉を寄せて固まる。
 それに気付かず、梓を降ろした雄夜が中に入ろうと扉に触れて、智帆と全く同じ反応で後ずさった。
「間違いない」
 唇を噛んで扉を睨む智帆の目は、憎しみさえも含んで燃え上がっている。拳はぎりぎりと握りしめられ、白く変色していた。
「分かるだろ、雄夜。これは水の結界で、学園を覆う異変の源は水の力だ」
「――源?」
「結界を破壊して扉を破る。これ以上、好き勝手にさせてたまるか」
 握りしめたままの拳を持ち上げ、智帆はドンッと雄夜の胸を叩く。続けて巧と将斗を呼び寄せ、まっすぐ久樹を見つめた。
「久樹さん、炎は?」
「悪い、封印されたままだ」
「封印って思っているんだな? なにが炎を封じるのか、それは考えているのか?」
「――考えてるよ」
 恐いほど真剣な表情で久樹が頷くと、智帆はふと笑った。
「ならいい。爽子さんも、この結界が破れるようにって願っておいてくれ。亮たちは下がっていろ。出来れば、追っかけて来ている学生課員と大学教授をくい止めてくれると嬉しいよ」
 智帆のまっすぐな眼差しを受けとめて、宇都宮亮は笑う。
「分かった。じゃあ、北条だけは中に入れてやってくれよ」
「その方がいいよね! えっと、他の人たちは一緒に」
 梓がすぐさま亮に賛同した。初対面である立花姉妹に声を掛け、久樹にくっつこうとする弘毅を引っ張って行く。
 桜はうなずくと、息を整えた。
 恐れるべきは起きる現象のみで、智帆たちではない。そう言い切った気持を、態度でも証明してみせるのだと、桜は背筋を伸ばす。
 久樹は爽子の肩を支え、静かに少年達を見守っていた。
「ねえ、久樹。私が願うことで、何が起きるんだと思う?」
「爽子?」
「私の異能力は覚醒してるんじゃないかって、巧くんが言ったの。瞳の色が変じたり、普段は出来ないことが容易に出来る時がたまにあるのは、私に出会ってからだったからって。……智帆くんはそれを知っていて、私に願っておけって言ったのかしら」
「まあ、そうなんじゃないのか」
 智帆は片手を持ち上げて、風を呼び寄せている。
「久樹」
 橙花だけでなく、覚悟を決めたらしい雄夜は、風の白花を呼び寄せるべく、札を空中に放った。
「私が、能力を上げるのなら」
 両手を握りしめ、巧は大地が持つ激しい力を呼ぼうとしている。
「私が、能力を下げることだって」
 凛とした眼差しで扉を睨む将斗の身体は、雷を呼びよせ光を放つ。
「封じてしまうことだって!」
 爽子の表情が激しくなっていく。
 彼女が抱えていた何かが膨れ上がり、今にも弾け飛びそうな予感に、久樹は衝動的に彼女を抱きしめた。
「自分を責めるなっ! お前が悪いんじゃない!」
「なに? 何を言ってるの、久樹、私が何をしているの? ねぇ、何を知っているの!?」
 失敗した、と。
 久樹は失言を悔いた。
 ”お前が悪いんじゃない”と口走るということは、爽子の異能力に疑問を抱いていると告白したと同じ意味を持つ。
 二人の間に走った緊張に気付かず、少年達は一斉に異能力を解放した。
 全てが激震し、雷が走り、かまいたちと化した風が走って、保健室を取り囲む水の力に遅いかかる。
 守る力と突破する力が一瞬しのぎを削り、直後、扉はこなごなに砕け散った。
 素早く智帆は中に駆け込む。
 打たれたように桜も反応し、白梅館の広い保健室の中に飛び込んでいった。
「しーちゃん、しっかりするんだっ! しーちゃん!」
 耳に飛び込んだ、大江康太の鋭い声。
 彼の腕の中には、ぜぇぜぇと肩で息をする静夜の姿があった。侵入者に気付いたらしい彼が、絶え間なく苦痛の声を漏らしながら顔を上げる。
 瞳が燃えていた。
 感情を宿さぬ人形のようでありながら、青く、激しく、焔となって燃え上がっている。
 桜は悲鳴を上げ、静夜に駆け寄って手を握りしめた。静夜の長いまつげが一瞬ふるえ、切なそうに桜を認識する。
 静夜が宿す水の力が、彼の身体を放れて渦を巻く現実に、智帆は最後の確信を得て叫んだ。
「外道だろ、他人の力と命を利用するなどっ!」
 絶叫ともとれるソレに、その場に居合わせた全員が立ちつくす。
「利用、する?」
 巧が声を震わせ、誘われたように振り向いた。
 青白い顔で爽子が立っている。
 彼女は手も足も震わせ、瞳に絶望を灯していた。
「能力に、関与できるっていうことは……」
 邪気は、人の心から生まれてくる。
 誰かが捨てた、悲しみ、怒り、憎しみ、暗い願い。それらから生まれて、邪気は集まり力を放つ。
 ――爽子は、精神的に不安定だった。
「駄目だよ」
 長い長い距離を走り続けた後のように、巧の息はあがっている。けれど心にあるのは、苦しさよりも焦りだった。
 爽子が絶望によって、奈落にたたき落とされてしまう。――させてはならないのに、落ちてしまう!
「なにやってるんだよ! 久樹にぃ、爽子さんを一人にするな!!」
 距離ではなく、彼女の心を一人にさせるなと、巧が絶叫する。
 ゆらりと爽子が手を上げた。
「私ではない人の能力を、私が勝手に左右できてしまうってこと!!」
 巧の叫びをかき消して、爽子の叫びが白梅館に駆け抜ける。
 ――しゃらん。
 音が響く。
 でんでん太鼓の音に呼応して響く錫杖の音色。人の頭を叩き割るような痛みを与えるソレが、問答無用で鳴り響く。
 両手で頭をおさえた爽子の影から、童女がむくりと身体を起こした。
『つかまえた』
 にぃ、と童女が笑うと同時に、白梅館に閃光が駆け巡る。
 青であり、金であり、緑であり、茜であり、橙でもある色。
 人という生物を根底から恐怖にたたきおとすような光に、全員が頭をおさえる。直後、頭上から別の光が射し込んできて、のろのろと顔を上げた。
 久樹は、呆然と目を見張った。




第三章終了です。全員の”心”はどこに向いているのか? それが書きたかった章でした。もしよろしかったら、感想をいただけると、とても励みになります。どうぞよろしくお願いいたします。



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