[第四話 凍土]

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No.03  迷宮への誘い

「巧は多分気付くだろうけど、雄夜と将斗は無理かなぁ。足手まといがいるのって嫌いなんだよね」
 手を離し、静夜はコートのポケットからハンカチを取り出して涙をぬぐい取る。一度うつむいて頭を振り、手で髪をざっと整え終わると、静夜はもう普段の強さを取り戻していた。
 やはりこうでなくちゃなと智帆は思う。静夜の賢さと強さを、彼はかなり気に入っているのだ。挑発するように笑ってみせて、智帆は片手を持ち上げて天井の一点に掌をあわせた。
 風が彼の中からわき上がり、掌を始点に円形に走る風が太刀となって斬り進む。
 響きと共に丸く切り取られた氷を、智帆は落下してくる前に上へと風ではじき飛ばした。
「うわぁぁ!!!」
 絶叫が響く。
 子供らしい、高めの声。
「おや? この声は」
 智帆は首を傾げ、静夜も悪戯っぽく肩をすくめた。
「こ、今度は床が跳ね上がるのかー!? おちおち休憩もしてられないよー」
 先程まで座っていた場所にぽっかりと丸い穴が開けているのを見て、川中将斗が絶叫している。隣には子供を抱えて飛びすさった大江雄夜がおり、将斗と同じように座り込んで不思議そうにしていた。
「ど、どうした!? 何かあったのか!?」
 ドーム型の部屋の隣にある小部屋を探っていた織田久樹が、小さな入り口から四つん這いですり寄って顔を覗かせる。雄夜と将斗がそろって睨む方向を見やって、久樹はぽかんとした。
「な、なんだそりゃ。また綺麗なまん丸があるな」
「丸になるように計算して斬ったんだから、当然だろ」
「ふえ!?」
 ぴょんっと、久樹が後方に跳ね飛んだ。
「い、いいい、今、なんか声がしたぞ!? 巧、ちょっとこっち来いよっ。新たな邪気の攻撃の可能性だっ」
「ないよ。だって、今の声って智帆にぃの声じゃん」
「――へ? 智帆の声?」
 巧のつれない返答に、久樹が目を丸くした。将斗が目を輝かせて、ずりずりと這って穴に近づき、丸く開いた穴に頭をつっこんだ。ひらひらと手を振っている智帆を見つけて、ぱっと顔を輝かせる。
「智帆にぃ!! 無事だったんだなー。どこにいるのか、全然見えなくって心配してたんだぞっ」
「俺らの方がお前達を心配してたんだけどな。巧ならともかく、何も考えてない将斗たちが暴走して、今頃へばってるんじゃないか、とかな」
「へ、へばる? え? な、なな、なんのことかなー」
「分かりやすいぞ、将斗。そこ、残り全員いるのか?」
「居るよー。とはいっても、菊乃たちはどこにいるのか全くわかんない。あとは爽子姉ちゃんの気配がなくって、静夜兄ちゃんは来てるのかどうかも」
「ここにいるよ」
「そうそう、ここに。……うわぁあ!! 静夜兄ちゃん、いつのまにお目覚めだったんだよー!」
 ぎょっとして大声を出したところで、将斗はぐいと肩を引かれて後ろに転がる。なんだよーと言おうとしたが、血相をかえて穴に身を寄せたのが雄夜だったので、抗議は飲み込んだ。
「静夜、身体は大丈夫なのか!?」
「健康そのものだよ。雄夜こそ、元気に動き回れてる? 式神は元気?」
「いや、それは、その……」
「はぐらかしレベルが将斗と同じだね。想像通りすぎて泣きたいくらいだよ。とにかくそっち行く」
 氷の縁に手を乗せ、そこを支点にひょいと身体を持ち上げる。同じように智帆も出てきて、ドーム状の部屋をぐるりと見渡した。
「どうも変だな」
「……これって、一体」
 厳しい表情でなにごとかを口にしあう二人に、取り残された三人は不満げな表情を浮かべる。
「二人で納得するな。それで、なにが変なんだ?」
 久樹、雄夜、将斗はぴたりと揃って首を傾げた。
「場所だよ。白鳳館の前の広場に出来た迷宮としては、広すぎるだろ。俺らが歩き回った距離はかなりあったしな。歩いている時に、なにか外が見えるときはなかったか?」 
「そこの小部屋から見えたのだけだな」
「小部屋? そういえば、巧は? 声は聞こえたから、一緒だろ?」
「そこの茶室の入り口みたいな狭いのくぐると、小部屋に出るんだ。雄夜と将斗がダウンしていたから、俺と巧で確認していたんだよ。見えたのは、普通に白鳳館の周りにある花壇だったな」
「白鳳館のすぐ側の?」
「違う」
 こわばった声が小部屋の奥から響いてくる。
 ハッと振り返ると、顔をうつむかせた中島巧が、小さな入り口をくぐって姿を表した。
「小部屋から見えたのは、白鳳館の花壇じゃないよ。炎鳳館にある、俺らのクラスの花壇だ」
「炎鳳館ってことはないだろ」
 小部屋をすでに確認している久樹が、手を振った。
「しかも冬の花壇なんて、いまいち区別つかないだろ? 白鳳学園にある花壇は、どれも同じに作られているしな。しかも、見えたのは全貌じゃなくて、一部だったろ?」
「……花の名前を書いた、札の切れ端が見えたんだ。菊乃ちゃんが、将斗の変わりに夏に書いたやつだよ」
「本当、なのか?」
 突きつけられた事実に久樹の声に緊張が走る。巧は静かに頷いて、眉を寄せた顔をあげた。
「悪いけどさ、将斗も確認してくれよ。俺、自分の目の方が変なんだって信じたいよ」
「うん」
 従兄弟の真剣さが分かるのか、将斗はすぐに立ち上がろうとした。だが半分まで身体を持ち上げたところで膝が崩れ「てぇ!」と声を上げる。
 久樹が慌てて将斗を抱え、そのまま引きずるようにして小部屋の中へと進んでいった。床が崩れた時には、将斗を抱えて飛び退いてみせた雄夜は、動こうともしていない。
 智帆は立ちつくしている巧の隣に立って「炎鳳館、あたりだろうな」と呟く。
「歩ける距離があまりに長すぎるからな。――俺らは嫌な迷宮に閉じ込められたよな。本気で腹の立つ相手だよ」
「智帆にぃはさ……これをやったの、なんだと思ってる?」
「邪気だろ」
「そうなんだけど。俺さ……」
「分かってる。その不安は、俺も静夜も抱えてるよ。しかも、それが多分真実だろうなってこともさ。だとしたら、こっちの切り札は久樹さんだ。邪気の元に連れて行くまでは、身体を盾にしてでも守らないと駄目なんだろうな」
「久樹にぃを守る智帆にぃ。想像しただけで、世界の終わりって気がする」
「久樹さんを守る巧もな。いろんな意味で、末期だろ」
「やりたくないなぁ。……智帆にぃ、ここが炎鳳館で、氷の迷宮って事はさ。ここでの出来事、”見られている”わけかな。炎鳳館だけじゃなくて、風鳳館でも、水鳳館でも、白鳳館でも」
「だろうな」
 距離がおかしいと思ったのだ。
 最初に居たのは学生寮である白梅館の保健室だった。そこから一瞬で移動させられ、気付けば白鳳館の前の広場。小さな広場に出現したにしては大きすぎた迷宮。
「氷の迷宮は、白鳳学園の全てを網羅しているわけだ」
 眼鏡をかけ直す仕草をして、智帆はぎりと奥歯を噛みしめる。
 今回現れた、あの雪ん子のような邪気は知っている。異能力を持つ自分たちが、何を最も恐れているかを、知っているのだ。
「見られたくないよな。亮たちは俺らを信じるといったけど、それはあいつが俺たちと友達だったからだ。そうじゃない奴らが見たら、単なる異端だろ。俺らはさ」
「……うん」
 うなだれて、巧は智帆の腕を掴みながら、静夜と雄夜に目を向ける。なにごとかを話している双子も、巧と智帆に負けず劣らず、深刻な表情をしていた。
「雄夜、将斗の異能力が使えなくなって、ばて始めたのはどれくらい前からだった?」
「光が見えないって言い出したのは、なんとか巧たちと合流できた直後だったな。時間でいえば、十分くらい前か」
「雄夜が式神を呼べなくなったのは?」
 矢継ぎ早に尋ねて、静夜は目を細める。
 方割れの言葉に絶対の信頼を置くと己に定めている雄夜が、驚いて切れ長の眼差しを見開いた。
「なぜ知っている?」
「雄夜、僕の言葉を全部信用してくれるのは嬉しいよ。でもさ、少しは考えることもしようよ。いつだって説明してやれるわけでもないんだから」
 今みたいにね、と静夜はなぜか泣き出しそうな表情になる。
「時間がたつほどに、異常なくらい疲れただろ? さっき、将斗は立ち上がろうとして失敗したよね。あれは単に疲れてるんじゃなくって、身体に力が入らなかったからだ。そう、なっていくんだよ」
「静夜、俺に意味が分かるように話せ」
「意味を考えてみない? これだけ考える材料があるんだから、答えは出せると思うよ」
「俺は、静夜から聞きたい。お前の意志を自分の意志にすると、俺は決めたんだ」
 きっぱりとした拒絶。静夜はなんともいえぬ表情で、雄夜の肩に手を置いた。
「……僕らが持っている異能力。それを行使する度にすり減らす、体力と命。それを奪って利用することが出来る邪気が相手なんだよ。邪気は僕の”水の異能力”を全て奪ってしまった。そして雄夜たちから異能力と、それを行使するのに必要な力を、今も奪い続けている」
 だから、と。一旦は切った言葉を、静夜は続ける。立ち上がって振り向くと、智帆と巧を視界に治めた。
「智帆と巧はそれに気付いて、なるべく力を持たせようと温存したんだよ。気付かなかった雄夜と将斗は温存せずに使いすぎて、もう行使することが出来なくなっただろう? ……将斗は動くこともままらなくなっている。雄夜がそうなるのも、時間の問題だよ」
 下唇を噛み、静夜は口にしたくなっただろう、その言葉を吐き出した。
「考えないことで、チャンスを手放す事態になることもある。変だなって感じて、なんでだって考えることだけは、放棄しないで」
「……静夜?」
「僕らには時間がないよ。智帆と巧の異能力が残っているうちに。封印されたままの久樹さんの異能力までもが奪われない内に。邪気の元へと赴いて、なんとかしない駄目だと」
 タイムリミットがあるんだと言葉を重ねたところで、久樹が将斗を引きずって小部屋から出てきた。
「炎鳳館の花壇だったよ、巧」
 ぺたんと座り込んで動けない将斗は、すがるように従兄弟に手を伸ばす。巧は「やっぱり」と呟いて空を仰いだ。
 智帆と静夜は視線をかわし、立ち上がって手を広げる。
「決まりだな。この迷宮は、各館の校庭に作られている。俺らを白梅館から白鳳館前にとばしたみたいに、空間をねじ曲げることさえ出来るってわけだろうな」
 とんでもない事実を、智帆がさらりと口にする。静夜は頷いて、軽く手を伸ばし氷の壁に触れた。
「僕らとの関係が深い場所を、舞台に用意してるってわけか。ここが炎鳳館であるように、今まで通り過ぎてきた場所が、風鳳館であり、水鳳館であり、白鳳館であったとも考えられるよね」
「考えられるというより、そうだったんだろうな」
「なあ、それってかなりマズいんじゃないか?」
 久樹が深刻そうに、二人の会話に割って入る。
「かなりね。僕らが今までやってきたことが、見られているって訳だから。異能力を操る光景は見えないにしても、起きる現象は見えるよ。……襲われて、なんとか逃げてますって感じにしておかないとね」
 力を使っているときはどうしていた?と尋ねられて、雄夜と将斗は考え込む。雪だるまに追われて走り、足音が割れて飛び越え、破砕するときには離れた場所で橙花が行っていた。
「とりあえず、逃げるのに専念したから、大丈夫だ」
「ん、上出来」
 ほっと静夜は息を付く。ちらりと見てから、巧はぐいと静夜の腕を引いた。
「なあ、静夜にぃは菊乃たちがどうしたと思う? 保健室では、すぐ近くに、康太先生と北条さんがいたんだ」
「桜には気付いてた。……僕らが飛ばされた以上、桜たちも飛ばされたと考えるのが妥当かな。――迷宮の中ではないけれど、ここを確認できる場所にいるんじゃないかって思うよ」
「あ! それ、俺も思ったぞー。みんなの場所を探してたとき、菊乃の場所は分からなかったけど、心配してくれている気持ちが伝わってきたんだ。見てるんだなって思った」
「それが事実だとしたら」
 智帆が声を低める。
「各校舎にいる連中は、俺らがそこにいる時しか見えないんだろうけどな。亮たちは、まさに全部を見届けるわけだ」
 ――見守ると決めてくれた人々は、全てを見届けた後に、どう反応するのだろうか?
 めいめいに考えながら、最後、全員は目を合わせる。
「行こう」
 全てのからくりをこちらがを理解するのを待っていたかのように、氷の壁の一部が溶けて唐突に消えた。
 現れた道はひどく長く、まるで終わりのないトンネルのように不安をあおる。
 異能力を温存している智帆と、行く先を見定める為に静夜が先頭に立つ。ごく自然に久樹が将斗を背負い、後方を警戒するべく遅れる巧を、雄夜が守るように従った。
 足音が、道の中で高く響く。
 
 
 巧が疑問を覚え、将斗が感じ、静夜が予測したように。
 彼らを見守ると胸に決意した人々は、祈るような面もちで、迷宮を駆ける六人を見つめていた。
 織田久樹の友人である松永弘毅は頭を抱え、立花幸恵と菊乃の姉妹は寄り添いあって見つめている。高等部二年A組のクラスメイトである北条桜、宇都宮亮、秋山梓の三人は、まるで運動部の試合を応援するかのように、何度も声をあげていた。
 本多里名は六人が怪我をしそうになる度に悲鳴をあげ、丹羽教授に支えられている。大江康太は一人静かに、佇んでいた。
「さっちゃん、どこにいるんだろう……」
 幸恵は不安げに、友人を捜す。
 
 
 延々と続く、果てがないと思わせる長い道のりを、ただ進む。
「なんか、代わり映えしないよな」
 最後尾の巧がぼやいた。
「劇的になにか起きたら、今の僕らじゃ対処しきれないんじゃないか?」
 先頭をゆく智帆のすぐ背後で、静夜がおかしそうに笑う。反応をした将斗が、はいっ!と手を上げた。
「ただ進むのって、疲れるよー」
「あのなぁ。お前、歩いてないだろう」
「だから、久樹兄ちゃんの背に揺られているのも疲れるって。ああ! ごめんなさい! 嘘です、楽です、嬉しいですっ!」
 背から降ろされそうになって、悲鳴を上げる。久樹はふふんと鼻で笑った。
「またドームか。繰り返しだな」
「智帆、ここって何個目だっけ? あそこから外が一部分だけ見えるけど、どこだかはよく分からないね」
「何個目だろうが、こうがどこだろうが、邪気がいないなら意味はないだろ」
「そう、意味がない」 
 考え込むように、静夜がポツリと声を落とす。後続もドームに入り、休憩したげな将斗と智帆は目があったが、綺麗にそれを無視した。
「これ、水鳳館だな。破裂した水道管が見える」
 久樹の言葉に、水道管が破裂したまま凍結している様子を見やって、静夜は眉をよせた。
 巧を護衛しているつもりの雄夜は、部屋を出て行く智帆の背をなんとなく見守る。
「なっ!」
 目を見張った。
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