[最終話 閉鎖領域]

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「無関心の次に関心、無防備のあとには突撃あるのみ?」
閉鎖領域 No.04
まったく極端なんだよね、と言って少年は笑った。


 風に紅茶色の髪があおられて揺れている。
 少女のような顔立ちの少年は、いつもしていたように目を細めて、少し苦笑しているようだった。
「しず、や?」
「うん」
「静夜くん!?」
「うん」
 久樹と爽子、それぞれがめいめいに大江静夜の名を呼んで、大慌てで起き上がる。たたずむ少年の足元で膝をつき、そっと見上げて確認をした。
 記憶の中の静夜より、彼は確実に痩せてやつれている。彼が大怪我をしたのは二ヶ月しか前のことでしかない、だから当然だろうと思って二人は同時に暗い顔をした。
「そんな顔しないでほしいな、それとも会うのがまだ早かった?」
「まだ、って?」
「入院真っ最中の姿なんて見せたら、病室で謝罪大会が起きて町子さんたちに怒られるうえに、部屋に水溜りを作っちゃうくらい泣くんだろうなあって思ったわけ」
 だから連絡しなかったんだよと悪戯っぽく笑って、少年はかるく両手を差し伸べてくる。
 伸ばされた白く細い手をとる資格が自分にあるのかどうか。そんなことを悩んでしまって、爽子は唇をかんだ。それがきっかけになってしまって、目の前の輪郭が急激にぼやけ始めて首を振る。
 泣かないで、と静夜は今言ったのだ。だから、泣くわけにはいかない、けれど。
「ほら、やっぱり泣いちゃうんだ」
「だ、だって。だって、わたし……わたしが……」
 べそをかく寸前の子供のような顔に爽子がどんどんなっていくので、静夜は苦笑して手を引き、かわりに体を傾けて久樹の耳に唇を寄せた。
「ねえ、どうにかしてよ、久樹さん」
「いや、そりゃ、無理だろ」
「無理でもやるのが恋人ってものなんじゃないの?」
「恋人だからこそ無理っていうか……いや、誰にだって普通無理だろ。こんなの、爽子じゃなくっても、泣く」
 なんか俺まで泣けてきた、と久樹が鼻をすするので、静夜は吐息を吐き出す。
「はいはい、二人ともそこで終了してよ。あのさ、僕らはみんな、力をコントロールできずに人を傷つけてしまった記憶を持ってるよ。だから、爽子さんたちに含むところなんて持ってないんだ」
「でも! でも、あれは、コントロールが出来るとか出来ないとかじゃなくて。私のエゴと傲慢が生んでしまった事件だったわ。私がちゃんと現実に向き合えていたら、あんな、あんなひどい目にあわせることはなかった!」
「でも、爽子さんはもう現実から逃げないんでしょう?」
「……逃げない。わたしのことだから、迷ったりはすると思う。でも、もう逃げないわ」
「それでいいよ、もう。僕らはね、爽子さんや久樹さんに謝られたくなかったんだ。爽子さんと久樹さんが二ヶ月の間に感じた胸の痛みは、きっと僕らが今まで感じてきたものと良く似ているんだと思う。ならね、僕らの間で謝ったりするのは、傷のなめあいでしかないって思うんだ」
 だから謝らないでよ、と笑って、静夜は改めて二人にたつように勧めた。
 呆けたように少年を見つめ、爽子は慌ててハンカチを出して涙をぬぐった。パンパンッと音をたててスカートについた埃を払い、勢いよく立ち上がる。
「なら、言わせて、静夜君」
「ん?」
「ありがとう。わたしを……ううん、わたしたちを助けてくれて。それから、また、一緒にお願いします」
 ぺこり、と頭を下げる。
 示し合わせたわけでもないはずなのに、一秒も遅れずに久樹も頭をさげたので、静夜は面食らった顔をして、それから皮肉っぽく目を細めた。
「それで、二人してなにをしようとしてたの?」
「へ?」
 感動的なシーンなど、大江静夜とその友人である秦智帆に求めても無駄なことは知っていたが、それでも想定外の返答に二人は同時に顔を上げた。
「だから、こんなところに現れてなにを? 桜の話しでは、噂が案の定悪質な変化をもたらして、久樹さんと爽子さんはここに来れないような状態だって聞いたんだよね」
「静夜、あまり認めたくなかったんだけどさ。お前ら、やっぱり、俺ら以外とは連絡とってたわけ?」
「うん」
 そんじょそこらの少女では太刀打ちできぬほどに、可憐な笑顔で静夜はうなずく。
 久樹も爽子も「そうかな、とは思ったけど」と呟いて、がっくりとした。
「だって、行っていない間の情報は欲しいし。手続きとかも色々あるし。大体、僕と智帆はともかくとして、雄夜とか、巧や将斗は授業の進行具合も気になるところだよ? それに」
「え?」
「桜たちは僕らに謝ったりはしないからね」
 どこか透明な表情で囁いて、静夜は棒立ちする二人の間をすり抜けて、校門の前に立った。
 春を含む暖かな日差しに守られて、校門の先には”日常”がある。
 つい何ヶ月か前まで、彼らも当たり前のように居た場所だった。
 久樹と爽子が息さえもひそめて見守るなか、静夜は特徴的な紅茶色をした目を伏せた。風もないのにふわりと柔らかな髪が持ち上がると同時に、少年は舞うような仕草で、軽く右手を心臓の前へと持ち上げる。
 淡く、ゆれる、青がそこに広がった。
 ――どこまでも優しく穏やかな、静夜が呼び寄せる”水”だ。
 傷つくものすべてをゆるやかに癒す力の波動に、胸に緊張を宿し続けた久樹と爽子の心がほどける。静夜が何をしているのかも分からないままに、二人は安らいだ瞳でそれを見守っていた。
 静寂と平穏をやぶって、いきなり静夜が空中の一点を掴むまでは。
「え?」
 右手の中に青い光が集まっている。
 それは指の隙間から、主張をするかのように何度も光を放ち、そうして緩やかになっていった。
「静夜、いま、なにをしたんだ?」
「ああ、これ?」
 髪を揺らせて振り向くと、静夜は二人に向かってなんでもないように握った拳を開いてみせた。
 ソレは、太陽の光をうけてキラキラと輝いていた。
 まるで宝石のようなきらめきをもつソレに、爽子はうっとりと息をつく。
「キレイ。ねえ、これって、水晶?」
「まあ、形としては似ているかな? これはね、この”場所”との繋がりを”絆”として圧縮させたものだよ」
「バショでキズナでアッシュク?」
「爽子さん、いま、なんか変なイントネーションになってなかった? カタカナっぽいっていうか」
「うん、ちょっと、いやいっぱい分からなかったから」
「簡単にいえばしおりだよ。いつでもここに戻れるようにって、その目印」
 本気で首を傾げている爽子に笑いながら、静夜は無造作にソレを道路の真ん中に置いた。
「え!? 置いていっちゃうの? 取られちゃうよ、あんなに綺麗なんだもの」
「殆どの人には見えないから。大丈夫だよ、それに」
「それに?」
「そこにおいておかないと、しおりにならないからさ」
 しおりといえば、後で読むときに便利な目印だよな、と久樹が呟く。爽子はうんうんとうなずいて、場所にしおりってどういう意味?と、言った。
 静夜はこれ以上答えるつもりがないのか、そのまま校門に背を向けた。
 立ち去りかねない様子に、慌てて久樹が静夜の手を取る。
「なあ、さっきさ、俺たちのことを止めたのって静夜だよな?」
「うん」
「いや、そんな可愛くうんって頷かれても。そうじゃなくて、なんで止めたんだ?」
「じゃあ逆に聞くけど、なんで入ろうって思ったわけ? さっきも言ったけど、あそこは久樹さんたちを否定し、排除した場所だよね?」
「そうなんだけどさ。実は、幸恵から電話があったんだよ」
「立花さんから?」
「ああ。俺たちがいままで直面してきた、邪気がおこしたような事件が発生してるって。もっと詳しく聞こうとしたんだけど、電話はすぐに切れたんだ。あとはもう駄目だ、何度かけても繋がらない」
 やるせないと肩を落とし、久樹は携帯電話を持ち上げる。
 そういえば、あれだけかかってきていた呪詛のような電話も、ぴたりと止まっていた。
「久樹さんたちにも絆がある、か。ここに来ようって思った理由は分かったよ。それにしても、無関心の次には関心が来て、無防備のあとには突撃がくるわけ? 本当にさあ、久樹さんも爽子さんも、やることが極端だよね」
 それがらしいといえばらしいけどね、と言って静夜は久樹の肩を叩く。
「とにかく、そこから中に入るのはやめたほうがいいと思うよ。電話をしてきた幸恵さんのところには、たどり着けないと思うからさ」
「え、だって、幸恵は白鳳学園のなかにいるんだから」
「そう、白鳳学園のなかにはいるよね。ねえ、久樹さんと爽子さんは、僕が風鳳館に閉じ込められた事件のことを覚えている?」
「風鳳館であって、風鳳館ではない場所に閉じ込められた……あ!」
「多分ね、アレと似たことがおきてるんだと思うんだよね。いや、もっと性質が悪いかな」
 とにかく、と強く言って静夜は二人を見つめ、
「案内するから、来てよ」
 と、言った。


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