[最終話 閉鎖領域]

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「それはまるで地鳴りのような
魔、来たりて No.01
とてつもない音を伴ってもたらされた、変化だった



 向けられる心配に、頭脳役を務める二人は軽く笑う。
「いまから心配しなくちゃいけないのは、僕らじゃなくて多分久樹さんのことだよ」
「――俺?」
「多分ね。この神社に、雄夜たちが触れても、それほど激しいことは起きないだろうし」
 ためしにやってみる?と静夜が軽く首を横に傾ける。
 雄夜はうなずいて、どのような神が祭られているのかわからない小さな社に迷いなく触れる。
 なにか起きるのかと身構える暇もなく、雄夜はすぐに手を離した。
「雄夜にぃ、なにか感じた?」
「いや、特には。強いていうなら、なにかがすっと中に入っていったような気がしたくらいか」
「入っていった?」
 きょとん、と巧が首をかしげる。そのまま従兄弟の将斗と顔を見合わせ、二人もまた手を伸ばしてソレに触れた。それからすぐに目をしばたかせ、たしかに中に何かが入ったような気はするけど、それだけと言って首を振る。
「どうして、雄夜くんたちが触れてもなにも起きないって思ったの?」
 当然の爽子の疑問に、智帆は肩をすくめた。
「朱色の鳥居を持つほうの神社は、おそらく自らの意思で人を招くんだ。俺らを呼んだみたいにな」
「呼ばれた人間だけが、最初にこの朱色の鳥居に気づけると思うんだよね。だから、久樹さんが該当すると考えたわけ」
「最初に気づくって。ちょっと待ってくれよ、それだと雄夜たちのことにならないか? お前達、鳥居の前に立ってたじゃないか。巧と将斗は、鳥居の前で狛犬みたいだったぞ? あれってわざとやっていたんだろ?」
「……? 久樹兄ちゃん、おれたちはさー、場所を繋ぐために意識を集中させていただけだよ? 鳥居なんてなかったけどー」
「なか、った?」
 なかったよ、と。同意を求めて、将斗が従兄弟を見やる。
 巧が強く頷いたので、久樹は裏門の先にあった光景を改めて思い出し、息を呑んだ。
 ――朱色の鳥居の前で、黒き後姿と、うずくまる子供たちの姿をたしかに見たのだ。
「呼ばれたのは、おれ、か」
 久樹の呟きに、静夜はゆっくりとうなずく。
「多分ね。呼んで、何をしようとしているかは分からないけど」
「異変や邪気についての知識を、与えようとしているとは限らない?」
 びっくりした様子の久樹に、智帆は苦笑する。
「俺らに質問しても無駄だな。この神社に関しては、俺らの守備範囲外だ」
 それでも触れてみるか?と、意地の悪い笑みを浮かべて智帆が促した。
 ごくん、と久樹は生唾を飲み込む。
 触れて、なにが起きるのかは、まったくわからないのだ。
 それでも迷うだけで、何もしない自分ではいたくなかった。そのまま神社に向かおうとして、爽子が袖を引いたのに気づく。大丈夫だと伝えるために、久樹は爽子に向き直って「ちょっと行って来る」と言って笑ってた。
 緊張を隠して、久樹は手を伸ばす。
 ぴり、としたものを指先に感じた。それは熱の塊というか、エネルギーの放流を感じさせるもので、久樹はかなりの緊張を覚えながら、社の入り口を慎重に開く。
 ドンッ、と、なにかがたしかに襲い掛かってきた。
 地面に足をつける両足を踏ん張り、必死に体を支えて、吹き飛ばされるのをなんとか防ぐ。なにが起きたのかがわからない、ただ、神社の中から飛び出してきたモノがすべて久樹の中に入り込み、そして出て行って四方に散っていくのだ!
「なんだ?」
 予測が出来ない事態が起きたときに見せる、めずらしい智帆の呆然とした声が響く。
「炎の力が散っていく!」
「なぜだ、織田久樹は能力を完全に掌握したはずだ。他者に干渉されて、能力を開放させられるなどありえないだろ!」
 叫ぶように返して、雄夜は式神召還の札を高くに放る。
 それはきらきらと光を放ちながら、即座に炎の羽を持つ式神・朱花の姿をかたどっていく。それを見守りながら、続けて他の札も投げようとして、雄夜は眉を寄せた。
 いきなり顔色を変えて、巧がしゃがみこんだのだ。
「なんだ?」
 唇を震わせ、恐いほど真剣な表情を浮かべて、子供は地中に感じた”何か”を探っている。
 なにがあるのか?
 そう雄夜が思ったのと、久樹が倒れこむのと。
 轟音が響いたのは殆ど同じだった。
 まるで海鳴りのような、地響きのような、それはとてつもない音を伴った変化。
 ――地震だ。
 爽子は倒れこんだ久樹を支えて目を見張る。
 静夜はまったく動揺を見せずに、りぃん、という鈴の音のような響きと共に水の結界を迸らせた。
 智帆は右手を空へと持ち上げて、風を操り幾重にも大気を折り重ねて壁を生み出す。
 巧は地面に触れさせていた両手から一気に力を解放させ、周囲の大地を固定させた。
 光さす場所を見うる将斗は、変化を、目撃していた。


 四方八方に散ったモノが、この世界では正常となるあらゆる”異端”に降り注ぎ、”力”を与えていくさまを。
 大地がゆれ、炎が生まれ、風が牙を剥き、水が凍る。
 学園に閉じ込められた生徒たちの恐怖の感情は渦を巻き、そして。
 ――力を持ち形を得た邪気が、次々と鎌首をもちあげてのそりと動き出す!


 邪気が人々に害をなそうとしているのは、分かりきっていた。
 展開していた炎の朱花が、放たれた矢のような勢いで校舎のある方向を目指す。
 早く、少しでも早く、対応しなければならない。
 光を華麗に操り、将斗は白鳳学園で起きるあらゆる状況を、切り取って映し出していく。
 それを見つめながら、爽子は倒れてしまった恋人に視線を移した。
 少年達はめいめいに力を発揮させ、地震が引き起こす影響からこの場を守っている。
 けれど彼らは、本当は今すぐにでも走り出し、学園に残されている者たち――彼らが大事に思い、彼らを大事に思う者――を救いに行きたいはずなのだ。
 これでは足手まといのままだ、と爽子は思った。以前となんら成長がない。
 深呼吸をする。
 彼女の中で眠っていた力は、悪く言えば他に寄生する力であり、他を支配し操る恐ろしいものでもある。忌まわしい。けれどその現実から、逃げないと爽子は決めた。
 久樹を目覚めさせねばならない。
 それと同時に、”炎”が流出させられ続ける力の流れが”見える”ので、その流れを遮断するべく意識を集中させた
 息をつめ、そっと白い指を恋人の額にのせる。
 すう、と。己の中にある力の感触が変わっていくのがはっきりと分かる。
 久樹の能力と同調し、瞳が燃えるように熱くなるのを感じ、そして爽子は”炎”を流出させるパイプのイメージを持つ”何か”を握りつぶした。
「へえ」
 風を操る智帆が、爽子の行為に驚いたような声を上げる。
 爽子が明確な意思を持って、異能力を行使するのを初めて見たのだ。
 彼女の力は眠る意思にまで影響を及ぼし、唐突に、久樹がぽかりと目を開けた。
「――あ?」
 呆然とした声。
 炎に干渉され、制御を失い、ソレを開放してしまったことが分かるのだろう。
 爽子は久樹をじっと見つめ、立ち上がって「行こう、久樹」と言った。
 朱花を先行させた雄夜が、続けて風の白花を召喚すると同時に走り出す。
 それに、巧が続き、将斗も続いた。
 三人とも、久樹が立ち上がるのを確認さえしなかった。
 炎の能力をトリガーとして、この閉鎖された白鳳学園の中の異端が爆発したことを、久樹に弁明させる時間さえ与えていない。
 呆然とするしかない久樹の前で、智帆と静夜は意地の悪い表情を浮かべた。
「後悔とか、嘆くとか、そんなことをする暇は当分ないと思うよ」
「まあ、後悔をしだめておきたいというのなら、止めはしないけどな」
 軽く告げた後、二人もまたきびすを返して走り出す。
 少年達の後姿が視界から消えてしまう前に、爽子はもう一度、強く言葉を重ねた。
「行こう、久樹」
「爽子」
「幸恵が待ってる。あのね、今の私たちに出来ることなんて少ないと思うの。その、出来ることって、巧くんたちが教えてくれたわ」
 手を、爽子は伸ばした。
 だらんと降りている久樹のソレを掴み、ぴんと引いてみせる。
「なにを、教わったんだよ。爽子?」
「頭で考えすぎたって、なにも解決しないの。後悔したくないから、私たちはいつだって怯えて動けないできたわ。でも、それじゃ駄目だった。一つ一つ乗り越えていくしかない。だから、今は、とにかく走るだけ。後悔は、終わってからいっぱいすればいい」
 違う?と言い切った、爽子は晴れ晴れとしていた。
 幼馴染の――恋人の顔を見て、久樹はつりこまれるように頷く。
 口元には、無意識に浮かんだ笑みが一つ。
「頭で考えるな、か」
「うん。ほら、早くしよう? 巧くんたちがこの場を守るために残してくれた、織り成された力が解放されていくわ」
「爽子は、力の流れが見えるのか?」
「え? そう、か。これって私だけの見えかたなの? 力の流れが、絵みたいにはっきりと見えるの」
 やっぱり時間はないみたいよ、と結んで、二人も走り出した。


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