[最終話 閉鎖領域]

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彼らは立ち止まらなかった
魔、来たりて No.03
そういう時になにを言うべきか、知らなかっただけかもしれないけれど






「久樹!」
 名前を呼ばれた。
 中島巧と川中将斗のぬくもりが離れる。二人はスピードをあげて先行し、久樹は名前を呼んできた相手にむかって手を伸ばした。
 当たり前のように爽子の手が重なってきて、強く握り返す。
 爽子は一度だけ振り返って炎を見た。
 篝火は熱のない火の粉を放ちながらキラキラと舞って、心を惑わせ不安定にさせる邪気の干渉から人々を守っている。
「久樹、あの篝火はどれくらい持つの?」
「それほどの力は費やしてないから、結構持つんじゃないかな。結界っていうより、虫除けみたいなもんだしな」
「虫除け?」
「このあたりにはまだ、力の強い邪気は感じないだろ?」
「うん。ねえ、でもそれって変だよね? 邪気が活性化したのは間違いなくて、いろんなところで事件が起きるはずなのに。静かなところが多い。火災が起きたっていう、風鳳館と炎鳳館に今はすべて集まってるってことなの? それって」
 不吉な予感がして、爽子は言葉を途中で切る。
 走りながら久樹が視線を流すと、追いついてきた静夜と目があった。
「僕らの関係者が狙われているみたい、でしょ?」
「静夜」
 久樹が眉を寄せれば、静夜は器用に首を振る。
「間違いないと思う。炎の能力が開放されて、邪気に力がいきわたったというのに、閉鎖領域の中で起きる事件が少なすぎるよね。――確証はないけれど、ここにくる前から思っていた。僕らを誘ってるんじゃないかって」
「罠って可能性があるってことか?」
「最初からそう考えておいてほしい所だけどな」
 皮肉な返事に静夜とは反対側を見れば、智帆が眉を寄せていた。
「学園の様子がおかしかっただけじゃない。タイミングも都合がよすぎるだろう。俺らが再び動けるようになった時を狙っている。学園そのものを巻き込んだ事件を起こしたのだって、ここで事件がおきれば俺たちが出てくると見抜かれてる可能性もあるしな」
「まるで誰か首謀者がいるみたいな言い方だな」
「”首謀者”がいてくれた方が楽だよ。人間がかかわっているのなら、予測も出来る。今回に限ってはどうなんだろうな」
 吐き捨てて、智帆はさらに厳しい眼差しになる。
 手を引かれて走る爽子は不安になって「朱色の鳥居に呼ばれたのは久樹だよね、だったら特に狙われているのは久樹って可能性もある?」と尋ねる。
 しんがりを勤めて走る雄夜が黙ったまま、首をかしげた。
 静夜は真剣な目をして、久樹と爽子を順番に見つめる。
「狙われているのが誰かに特定されるのか、それとも僕ら全員なのか。それは分からないけれど、確認しておきたいことがある。久樹さん、あなた達は」
「大丈夫だ」
「僕、最後まで聞いてないんだけど」
「聞きたいことくらいわかるよ。大丈夫だって。俺たちと巧たちで炎鳳館に行って来るから、お前らは風鳳館に行けよ」
「それさ、随分とかっこつけた発言だけどさ。いろいろ考えて言ってる?」
 見かけは美少女のような静夜のキツイ言葉を、久樹は平然と受け止めた。
「言ってる。そりゃあ、静夜と智帆のどっちかがついてきてくれれば嬉しい。嬉しいけど、そんなこと言って甘えてる場合じゃないだろ」
 久樹は静夜たちを信じると決めた彼らの友人たちの顔を思い出す。
 否定されるしかないと信じ込んで傷ついていた高校生たちの心を救ったのは、なにもかもを受け入れて見せたあの三人なのだ。
 そしておびき寄せる罠があり、風鳳館で火災が起きたのなら、三人はそこにいるはずなのだ。同じ理由で、炎鳳館に立花姉妹がいるのも間違いない。
「炎鳳館にいるサチと菊乃ちゃんを助けるのは、俺らの役目だ。風鳳館にいるお前たちの友達を助ける役割は、やっぱりお前らが担当するべきだろ」
「不測の事態が起きたらどうするつもりなんだよ」
 会話を聞いていた智帆の人を馬鹿にしたような言葉に、久樹は照れたように笑った。
「いざとなったら全員を連れてそっちまで逃げるよ」
「は?」
「だってそうだろ、どうしようもなくなったらそうするしかない。ようはみんなが無事ならいいんだ」
「やれやれ、そんなこと爽やかに断言されてどう反応すべきなんだよ。なんか、タチ悪くなったような気がするな」
「お前に言われたらお終いだな」
「久しぶりの発言がソレかよ、雄夜。分かった、巧、将斗!!」
 先行する少年たちを大声で呼ぶ。
 足踏みをしながら速度を落とし、子供たちは「なにー!?」と大声を上げた。
「久樹さんと爽子さんのおもり、お前らに任せたからな!」
「はーい!」
「ちょ、そこではいって答えるか、お前ら!!」
 久樹が大声を上げる。爽子はくすくすと笑い出した。
「先輩だもんね、異能力者としては」
「爽子、割り切るの早すぎ。俺ら最年長者だぜ?」
「情けない、ね」
 すました答えに笑いかけたとき、共同施設の白鳳館が右側に見えた。
 左を曲がって進み、最初の曲がり道を折れれば高等部風鳳館に続き、まがらずに進んで次の曲がり角を進めば初等部炎鳳館、そこも曲がらなければ白鳳学園正門がある。
「智帆、静夜、雄夜!」
 巧と将斗に追いつき肩に手を置いて立ち止まり、久樹は大声を出した。
 高校生たちは立ち止まらなかった。
 こういう時、どんなことを言うのか、それが分からなかったのかもしれないし、なにも言う必要もないと思ったのかもしれない。
 ただそれぞれが軽く笑って、そのまま風鳳館へと進路を取っていった。
「ぼーとなんてしてられないからな、久樹にぃ!」
 手を引かれる。
 高校生たちに負けず劣らずの難しい顔をして、巧は再び走り出した。それに息ぴったりに将斗が続き、久樹と爽子も後に続く。
 もう一度だけ、久樹は振り向いた。
 名前を叫んで、なにか話して、そんなことを唐突に思う。
「久樹?」
 心配そうな声音を向けられて、久樹はしんみりとしてしまった気持ちをふり払おうと首をふった。
「なあ、炎鳳館と風鳳館でおきたのは火災なんだよな?」
「放送ではそう言っていたでしょう?」
「煙があがってないし、きな臭さがないのはなんでだろうな」
「あ、そうか、変ね」
 爽子も同じように視線を風鳳館に流す。
「火炎の規模は大きくないとか? それとも邪気によって生まれた炎による火事だから、被害も普通とは違うとか?」
「邪気が生み出したものなら、奇妙なのもおかしくはないか」
「うん」
 智帆くんたちには聞けないからわからないねと続けかけた言葉を爽子は飲み込んで「急ごう」と前に出た。
 初等部組から、少し離されてしまっている。待ってと声を上げようとして、爽子はハッと目を見開いた。
「久樹、あそこ! おかしくない!? 待って、巧くん、将斗くん!!」
 叫んで、まっすぐに前方を指差した。
 なにか赤黒いものが、そちらに降り注いでいるような気がするのだ。
 爽子に片思いをしていた巧が、はやる気持ちを抑えてなんとか将斗を留めて立ち止まる。
「爽子さん?」
「見えないの? みんなにはアレが見えていないの!? ……そうか」
 爽子は”異能力”や”邪気”の動きを、実際にある物や色の変化という形でみる。
 先行した二人に追いついて、爽子は久樹をはじめにそれぞれの顔を見つめた。
「聞いて、邪気が動いているの。赤黒い色が正門へと向かって、まるで雨雲のようだわ。雨雲に見えるってことは、あそこに降り注ぐ攻撃があるんだと思うの。今は、まだ準備段階みたいだけど」
 能力の支配者である彼女には、発動する前の力の流れであっても見えるのだろうと、久樹は納得して腕を組む。
「サチから電話あったときに言っていたな。出入り口がなくなってるって。それでも出入り口があったことはみんな知っているから、人が沢山集まってる可能性は高いか」
「でもさ、方法は一個しかないんじゃないかなー」
 将斗はあっさりと言って、二人に背を向けた。
「将斗!?」
「炎鳳館には菊乃がいる。だから、俺はいかなくちゃいけない」
「俺も行く。久樹にぃと爽子さんが一心同体だったらさ、俺と将斗もやっぱりそうなんだ。俺たちは従兄弟だけど、でも、双子みたいなものだって思ってる」
 ごめんね、と続けて巧は笑った。
「爽子さんを守るのは、久樹にぃの役目だし。絶対に守れよ」
 ギッとにらんで、巧もくるりと背を向けた。
「ちょ、待て! ちょっと待てって!!」
 あわてて手を伸ばし、久樹は子供たちの襟首を両手で掴む。
「なんだよー!」
「く、くるしッ!」
「俺は智帆たちに約束したんだよ、お前らだけ行かせるわけにはいかな――ッ!?」
 爆音が響いた。
 将斗が真っ青になり、悲鳴のかわりに息をひとつ飲み込んでから「菊乃!?」と叫ぶ。
 間違いない、爆音が響いたのは炎鳳館のある方向だ。
「離せって!! 大丈夫だよ、静夜兄ちゃんたちが、そんな簡単に俺たちのことを放置するわけないだろ! ほら!」
 将斗の眼差しが空に向けられる。
 つられてそちらを確認したが、特別なものは見えない。なにがあるんだよと尋ねようとして、つい束縛していた力が緩んだ。
「嘘! また後でなー!! 正門にはきっと、学生課の人とか教授とかいるんじゃないかなー!」
 猫のように身体をねじって久樹の手を振り払い将斗が走り出す。まったく同時に巧も似た動きをして、束縛を抜けて駆け出していってしまった。
「やられた……」
 がっくりと久樹が頭をたれると、爽子に腕を引っ張られた。
「いじけてる場合じゃないわ、久樹。追いかけたいけど、でも正門のほうも無視するわけにはいかないみたい。ねえ、静夜くんたちがしていたみたいに、炎の力を遠くに飛ばすことは出来ない? 能力足りなくて出来ないっていうのなら、嫌だけど、私が限界を解除するから」
「爽子!?」
「私、決めたの。出来ることはなんでもするって。自分の能力は正直嫌だけれど、でも使えるなら!」
 きゅっと桜色の唇を爽子がかむ。
 殴られたような衝撃を感じて、久樹は爽子の両肩を強く掴んだ。
「そんなことはしなくていい。やってみせるさ、ただしばらくは俺は使い物にならないかもしれないけどな。――炎鳳館の炎を支配する」

 
 
 
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