[最終話 閉鎖領域]

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「あなたはわたしを救ったもの。わたしは守護者となり主を守る」
魔、来たりて No.04
どこまでも陰湿な存在だったはずの緋色の娘は、いま、桜をまとってつややかに笑う





 夏に起きた事件で雄夜が暴走し式神が敵となった時、同じ風の眷属であることを利用して風の白花を支配下においたと智帆が言ったのを思い出したのだ。
 たとえ距離があったとしても、子供たちが進む先にある弊害は取り除いてやりたい。
「ちくしょう、智帆たちに大丈夫だって約束したのはついさっきだってのに。そんなことさえ守れていない」
「久樹、大丈夫、大丈夫よ。巧くんたちは絶対に負けたりしない」
 きっぱりと爽子は言い切って、強く久樹の手を握り締めた。
「私が先導するから。だから、久樹は集中して。正門に行かないと」
 爽子にしか見えない赤黒い雲は、なにか嫌なものを巻き込んでどんどん大きくなっている。まるで、そう、何かに吸い寄せられて巨大なものが産み落とされていくような様子なのだ。
 久樹は集中を開始し、炎鳳館にある”炎”を支配下に置くべく動き出す。
「これでもう久樹は動けない。私がなんとかしないと」
 眉を寄せ、必死に考える。能力の支配者といえばひどく偉そうだが、実際のところ支配する”相手”がいなければなにも出来ないのだ。――そう、一人では、なにも。
 しっかりしなければと自分自身に言い聞かせながら、久樹の手を引いてまっすぐに進む。風鳳館へと散った智帆たちの顔や、炎鳳館に向かった巧たちの顔が浮かんできて、爽子は不安になった。
 心配で仕方ない。――いや。
「違うか」
 ぽつんと呟くと同時に、涙が出てきた。
 心配なのは、自分がなにをしでかすかわからないことなのだ。
 かつて無意識とはいえ、危機に陥った際に静夜の力を奪い取って行使したことを今の爽子は知っている。だからなにかあったとき、それぞれに危険な場所へと赴いた彼らの能力を奪ってしまうのではないか、それが恐ろしかった。
 一番に恐ろしいのはいつだって、誰かではなく自分自身だ。
 視界が開けた。正門があった場所がはっきりと見える。
 多くの生徒や教職員が集まり、そこは異様な喧騒に包まれていた。
「落ち着いてください! ここからは出られないんです!!」
 冷静をうながすためにあがっている声に聞き覚えがある。
「本多さんの声?」
 目を凝らすと、正門があったはずの場所に学生課の里奈の姿があった。傍らには長身の男の姿があり、低くよく通る声が聞こえてくる。
「叫んでも事態は変わらん。とにかく一度学園内に戻りなさい」
 ここで騒いでも無駄だといっているだろうがと、ため息と共に告げて、里奈の想い人である丹羽は群集に散れと大きく手を動かした。
 冬に起きた事件以降、学園にある人々の殆どが拒絶してくる中で、拒絶をしなかった二人の姿に爽子は胸にこみあげるものがあって唇を噛む。
 呼吸を整えて名前を呼ぼうとした、瞬間だった。
 赤黒く集結し続けた雲がいきなり回転を始めたのは。
「なに!?」と爽子が悲鳴を上げるのと、どす黒い回転の中心――台風の目のようなそこに光が収束しはじめたのは同時だった。
 なにかが起きると思ったが、対応が何も思いつかずに爽子は激しく首を振る。
「私、私は……なんで、一人ではなにも出来ないの!?」
 異変をおこそうとする力を支配したくても、支配には相手――”個”が必要なのだ。”個”のない力の制御は出来ない。
 能力の支配者の最大の弱点がソレだった。
 目の前で収束し、光を放とうとする赤黒い暗雲をどうすることも出来ず、防ぐために散った仲間たちを支配する決断も出来ない。
 ただ、手を引いてつれてきた久樹の頭をかばうように抱え込んだ。
 爽子の動きにハッとした久樹が、炎鳳館から意識を正門へと戻したが、もう遅い。
 天が動いた。
 光が胎動し、そして。


 ソレが天を舞う。


「え?」
 爽子に抱えられたまま、久樹は呆然と息を吐き出した。
 緋色の娘が立っている。
 構えた手に持つ舞扇は、無数の花びらを散らし、それは花吹雪となって視界を取り巻く。
『サクラ、舞う』
 あどけない呟きと同時に、花吹雪は爽子が天にある赤黒い雲と見たそこに巻き上がり、そして一気に燃えて消し飛んだ。
『わたくしは舞』
 地面に足をつけることなく、空中にたたずんだまま緋色の娘は黒髪を揺らす。
『かつて忌まわしき存在であったもの。炎により穢れなき再生をもたらされたもの。わたくしは守護者、あなたを、この場所を』
 よどみなく”音”ではなく脳に直接意思を響かせると同時に、緋色の娘はもう一度舞扇を持ち上げた。
 久樹はまだ炎の異能力を使いこなせていない。
 それを補佐するすべを知っているのか、”舞”と名乗る緋色の娘の力はするりと久樹の中に入り込んできて、なにかを変えていく。
 え?と思った次の瞬間には、遠く炎鳳館にある炎のすべてが支配下に落ちたのが分かった。
 呆然とまばたきを繰りかえす、久樹の目の前には柔らかに微笑む娘。
「おまえ、は……」
 間違えるわけがない。
 春、異能力を持っているなんてまったく思っていなかった頃に出会った、終わらない物語に泣いていた娘――彼が炎で眠らせたはずの舞姫だ!
「舞、姫?」
 緋色の娘はただ微笑む。目を奪われた、その背後で。
 轟音が閉鎖領域をかけめぐり、光が生まれて天をつらぬく。
「なっ!?」
「いやっ!!」
 すざまじい力を吸い込んで登る光の柱に、爽子が悲鳴を上げた。
 舞扇をパチリ、とひとつ閉じた舞姫が紅の隈取の施された目を細める。
『我が主は炎の館へゆかれよ』
 緋色の藻裾を揺らせて、舞姫は久樹に背を向けた。
 爽子を落ち着かせようと背をさすりつつ、久樹は己がかつて浄化した娘の後姿を見つめる。
 娘が邪悪なだけの存在でなかったことを知っている。慕ってくれたことも知っている。
 彼女の言葉を疑うつもりはなかった。
 ただ。
「おれは、舞姫に”主”と呼んでもらえるような」
『いいえ、わたくしの主はただお一人。あなたさまだけ』
 潔ささえ感じさせる鈴の音のように伝わる意思に、久樹はこぶしを握った。
 舞姫がなんと言おうと、彼女の”主”にふさわくないことを知っている。
 それでも。
「悪い、頼んだ」
 頭を下げると同時に、爽子の手を引いて炎鳳館へと走り出した。
『委細、承知』
 緋色の娘は振り返りもせずに答えて、異変が満ちようとしている正門へと向かう。


 炎鳳館への道のりに人影がない。
 火災が発生した場所へ向かう野次馬がいないのは、異変続きでそれどころではないからだろうかと思いながら、久樹は天を貫く光の柱を改めて見た。
 炎鳳館のある方角だが、光が登る場所は炎鳳館そのものではないらしい。
 あれさえなければいつもと変わらない光景だろうと思って「違うか」と久樹は呟いた。
 どうしたの?とついて走る爽子が問いかけてくる。
 久樹は苦笑して、繋いでいない方の手で光の柱を指差した。
「あの光の柱さえなければ、異常なんてないみたいだって思ったんだよ。でも違うよな、変なのはアレがあることだけじゃない、静かすぎることもだ」
 大体、人が少なすぎるのだ。
 閉鎖領域とかした白鳳学園の中に辿りついて以来、出会った人の数はそれほど多くない。
 たしかに人が集まっている場所はあった。けれどまるで人々は要所ごとに配置されているようにも思える。
 自分達になにかを考えさせたい時には、邪魔者を配置せず。
 自分達に考えるより行動をさせたいときには、邪魔者を配置する。
「行動を読まれているみたいで嫌になるな。静夜と智帆が罠だと考えるくらいしろって言ったのが、ようやく実感として分かる」
 唾でも吐きたい気持ちになりながらも走り続けて、二人はついに炎鳳館を視認した。
 静寂の中で、初等部の子供たちの学び舎は穏やかにたたずんでいる。
「え?」
 奇妙だった。
 なぜ、いつもと変わりないのか。
 人がいないのは避難が終わったと考えられなくもないが、久樹が災を支配し消化させたとはいえ、火災の形跡一つ存在していないのはなぜだ。
 跡の一つも残さない程に小さな火炎だったというのか? 
「なんなんだ?」
 あまりのことに足を止める。
 魂を震わせるサイレンの音、風鳳館と炎鳳館で火災が発生したと告げた震えた声も、まだ耳にこびりついている。
 あんな放送がなされた火災が、建物に被害の跡一つ残さない。いや。
 嫌な想像をして、口腔内が干上がった。
 人々の配置がまるで誰かの意図によってなされていると感じるように、あのサイレンと放送も不安とパ二ックを誘発させる為になされたとしたら?
『僕らを誘っているんじゃないか』そう言った、静夜の透明な声が蘇った。
 手が震え、足が震えだす。
 立ち尽くした爽子も同じで、二人はすがるように互いを見つめて、再度行動を起こすための力を振り絞った。
「俺らはとにかく、考えるより行動しかない。そうだよな?」
「うん」
「罠の中に飛び込もうとしてるのかもしれない」
「でも、一緒だよ」
 震える手を、震える手で握り締める。
 閉鎖領域となった白鳳学園に来てからずっと、二人は手を握ってばかりいる。
 きっとこれは二人のおまじないなのだ。”自分達”を信じるための、おまじない。
 
 
 
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竹原湊 湖底廃園
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