[最終話 閉鎖領域]

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それは大気をも切り裂くような
魔、来たりて No.05
幼い少女があげた魂の絶叫だった





「巧と将斗を放っておいたりしない。俺たちはサチと菊乃ちゃんを助ける」
「うん!」
 行くぞ、と声をかけて再び走り出した。 
 静寂の中にたたずむ門を通過し、かつて通ったことのある炎鳳館の中に飛び込む。
 昇降口に駆け込み、悪いと声を上げて土足で校舎に入り込んだ。
「巧! 将斗!」
 先に入ったはずの子供たちの名を何度も叫ぶ。外と同じく校舎の中もがらんとしていてひと気がなく、呼ぶ声に返事もない。
「サチ!! 菊乃ちゃん!! 畜生、ホントにここにいるのか!?」
 気持ちが焦り、やみくもに上を目指して進む。
「待って! 待って、久樹!!」
 強い声が背中を打った。
 三階までもうすぐという場所で足を止める。振り返れば、爽子が目を半眼にして眉を寄せるのが見えた。
「爽子?」
「色が、薄いの」
「薄い? そうか、爽子には能力の動きが色に見えてるんだったよな」
 こくんとうなずいて、爽子は探すようにぐるりと周りを見渡した。
「入ったときから、巧くんと将斗くんの色は見えていたの。でも進むにつれてだんだん薄くなってきて。もう、どこなのかな。色が濃いところは……あっ!」
 階段のずっと上にある天窓に視線が向いたとたん、爽子が目を見張った。
「空に色が流れている?――わかった!!」
 久樹の手を掴み、爽子は階段を駆け上がり、もっとも階段に近い三階の教室に飛び込んだ。小さいと感じる机と椅子の間を抜け、校庭に面した窓に飛びつく。
 珍しいほどに乱暴に窓を開け、爽子は身体を外に乗り出した。
 手を引かれるままに続いた久樹は、慌てて恋人の身体を支える。
「爽子!!」
「見えた、久樹!! きっとあそこ!!」
 白く細い指が、まっすぐに屋上を指差す。
 久樹の両眼に爽子が見る”能力の色”は映らない。けれどそこに、太陽のものとは異なる閃光を確認した。
「将斗!!」
 三階の教室から叫んでも、五階建て校舎の屋上にいる人物にソレが届くわけがない。そんなことは常識だから分かっているのだが、いろいろなものが耐えられなくてもう一度叫び、久樹は窓から離れた。
「たしか、屋上に続く階段って」
「私達が登ってきた階段は五階まで。屋上にいけるのは反対側の階段だったはず」
 同じようにはやる気持ちを態度に表して、二人は教室を飛び出して屋上を目指す。
 異変の中心であったはずなのに、炎鳳館はあくまで静かだ。
 火災が起きたという放送は、自分達に向けられた罠だったのかもしれない。けれど確かに聞いた、あの爆音はなんだったというのか?
「将斗くん! 将斗くん!!!」
 屋上に続く扉のノブを握り締め、外気を感じた瞬間。
 大気を切り裂くほどに激しい、幼い少女の声が響き渡った。
「!?」
 はっと息を呑む。
 間違いない。この、声は。そしてこの声が呼ぶのは!
「菊乃ちゃん!! 将斗!!」 
 叫んで、久樹と爽子は屋上に躍り出る。
 外に出た瞬間、暴風が一気に髪をさらって巻き上げた。思わず目を硬く閉じた、その瞼の裏で光が走る。
「将斗!?」
 もう一度叫ぶ。手を上げ、ひさしを作って、必死に目を開けた。
 光が見える。集まり、力を増し、まるで持続する落雷のような激しいソレが見える!
 輪郭の薄れてしまった影が、光にとらわれるようにしてうっすらとそこに在った。――今にも消えそうな不確かさで。
「久樹兄ちゃん、爽子姉ちゃん?」
 輪郭を失った影が、聞きなれた音を放った。
 目を見開き、爽子の手をとったまま前へ一歩出る。
「将斗?」
「お願い、菊乃をッ!!」
 将斗が発したとは思えないほどに、あまりにも真剣で切実な色の濃い叫び声。
 どうしたと聞くことも、わかったと答える暇もなく。
 影を巻き込んだまま、光がさらなる膨張を開始する。
 嫌な予感がした。どうしようもない”喪失感”という名を付けられた感情が胸を支配してしまう。
 認めたくないのに、なにが起きるか分かってしまって、久樹も爽子も悲鳴を上げた。
 まだ初等部六年生の子供は、その瞬間どんな顔をしただろうか。
 久樹は将斗を繋ぎ留めるために前に出て、必死に手を伸ばす。
 その伸ばした手を、あざ笑うかのように。
 天を貫く光の柱が背後で生まれた。
 伸ばした先にあったはずの”光”は、背後に生まれた光の柱と反比例して霧散する。
「まさ、と?」
 二人同時に呆然と呟いて、ぺたんと屋上に座り込んだ。
 ――間に合わなかった。
 消えてしまった。
 屋上を包んでいた光は消えて、とらわれるように消えた川中将斗の姿はどこにもない。
 かわりにあるのは天を貫く光の柱で、それが二つになってしまった。
「嫌だ、嫌だよ、菊乃をおいていかないでぇ!!」
 呆然と閉鎖領域の中に生まれた二つの光の柱を、冷や汗と共に見つめた久樹は、少女の絶叫にのろのろと顔を上げる。
 いつも笑顔だった大事な友人の妹は、蒼白な顔で泣き叫んでいた。
 立花菊乃の隣には、まるで守るように寄り添う少年の姿。
「――巧?」
 久樹はぱちりと瞬きをして、菊乃を守る灰色の少年を凝視する。
 今度は巧ではなく、川中将斗に見えた。
「え、な、誰だ?」
 声量の出ないかすれた声をあげて、久樹は一歩距離を詰める。
 それに気づいたのか、巧にも将斗にも似た少年は顔を上げた。ぱさついた灰色の髪と、灰色の目がまっすぐにこちらを見つめてくる。
 爽子が息をのむ。
「久樹!!」
「ああ、でも、なんでだ?」
 夏にも事件があった。
 面白がって怪談話を作ったのだ。
 かつて現実でも、悲しい出来事があまりに多く起きたことを忘れて。怪談話を聞いた人間たちの様々な感情を巻き込み、眠っていたはずの悲しみは揺り起こされた。
 悲しみを核にして生まれた邪気は、かつて生きていた頃の命を奪い去った無情の炎と熱を操った。
 水を、冷気を、絶叫するほど求めただろうに。操れるのは炎と熱だけ。
 そして少年の形をした邪気は、大江静夜の宿す癒し守る水の力によって眠らされた。
 はず、だった。
「水に抱かれて眠ったんじゃ?」
 なんでここにいる?と続ければ、灰色の少年はすこし笑ったようだった。
「ねえ、静夜君と同じ色があの子をとりまいてるわ」
「同じ色?」
「舞姫もそうだった、久樹の色をまとっていたわ。舞姫は言ったよね、”炎により穢れなき再生をもたらされた”って。きっとあの子は水によって清らかな再生を果たした」
『ぼくは”漣”。水によって癒され再生を許された者。立花菊乃に許され、名を与えられて、存在を与えられた者』
 灰色の少年――いや、連はそれだけ言って、光に押し包まれるようにして将斗が消えていった場所で座り込んだ菊乃を見やる。
 菊乃はぎゅっとこぶしを握り締めていた。小さな手の上には水滴が落ち、それが広がり、やがて流れていく。
「菊乃ちゃん」
 そっと声をかけて、久樹は菊乃の小さな身体を抱きしめた。
 びくりと大きく震えてから、涙でぼろぼろになった顔を菊乃があげる。
「菊乃、ね。炎鳳館に取り残されてたの。怖くて、仕方なかった。みんな悲鳴を上げてて、校舎を出ることも出来なくって。それから、火が出たよ」
 菊乃は何度も首を横に振った。
「逃げる場所がなくなって、どうしようって思ったの。先生って思ったのに、気づいたら誰もいなくなってて。熱くて、怖くて、もう駄目だって思ったとき、漣が来てくれたよ」
 ――今度こそ約束を守るよ。
 そういって突然に現れた少年を、菊乃は不思議と驚かずに受け入れたのだ。
 夏に怖い思いをさせられた。けれど怖い思いをしたことよりも、少年が悲しいと思った気持ちのほうが大きかったから、彼を”漣”と呼んだ。
「漣は炎と熱から菊乃を守ってくれて、一緒に逃げたの。でも炎の勢いはどんどん増していって、屋上まで追い詰められて。火は突然に消えて、そして」
 幼い眼差しが、屋上の扉を見つめた。
 そこから、川中将斗が現れたのだ。
 菊乃!!と叫んで、ほっとした顔をしたのだ。なのに。
「消えちゃったよ!! 将斗くんはきてくれたのに! どうして、どうして菊乃をおいて消えちゃったの!?」
 将斗くんを取り戻してと菊乃が泣く。
 慰める言葉が見つからない。
 ぎゅっと抱きしめて、久樹は何度も何度も背をさする。
 同じようにしゃがんで菊乃に触れようとして、爽子はある色を見つけて目を見張った。
「え?」
 久樹と二人で入ってきた正門と反対の、裏門のある付近にゆれる橙色。
 大地の力を宿す少年の、瞳に浮かぶ色とまったく同じソレ。
「巧くん?」
 しゃがもうとしたのをやめて屋上の端まで走り、フェンスを両手で握り締めた。
 間違いなかった。中島巧の能力を示す橙色が、十重二十重と裏門付近を包み、まるで何かを守っているように見える。
 何を守っているの、と必死に目を凝らして、そして唐突に見つけた。
「幸恵なの!?」
 爽子の叫びに、泣きじゃくっていた菊乃がはじかれたように顔を上げる。
 
 
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竹原湊 湖底廃園
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