[最終話 閉鎖領域]

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光の柱が天を貫く
魔、来たりて No.07
それはまるで、非情の宣告のように





 正門からまっすぐに続く道から枝葉のように分かれた道が、初等部炎鳳館・中等部地鳳館・高等部風鳳館・大学部水鳳館・そして共同施設の白鳳館・寮である白梅館へと続く唯一の道だ。
 赤黒い雲に覆われ、攻撃の対象となっていたはずの正門が右側に見えるところまで戻ってきて、爽子が風鳳館へと続く道をとる前にそちらを見やる。
 力の渦が赤黒い色に見えていたが、今あるのは鮮烈の”紅”だった。
「正門の異変は舞姫が制圧したみたい」
 集まった人々があげる声は相変わらず聞こえるが、命の危機を訴えるような切羽詰ったものは感じられない。
 わが主と呼ぶ舞姫のことは気になるが、今は信じるしかないと決めた久樹は、スピードを落とした爽子の腕を引いて風鳳館を目指した。
 風鳳館の近くになるにつれて、紅葉や楓の木が多くなっていく。
 秋になれば他のどの館よりも早くに色ずくそれは、ざわざわと枝を鳴らせて久樹たちを迎えていた。
 炎鳳館から風鳳館の距離が遠いなど感じたこともないのに。
 いくら走っても間に合わないような気がして(間に合わないとはなんだ?)久樹は首を振った。
 白鳳学園の中に登った光の柱はすでに三本。
 連れ去られたのもおそらくは三人。この目で見たのは将斗だけだけれど。
 閃光がほとばしった場所とは異なる位置に出現した光の柱を、出現した順番に久樹は見やる。
 あの柱があの気高いほどに強かった少年たちを、自分達から一人ずつ奪っていくのだ。
 持ち上がる怒りを動力にして、久樹と爽子は前を目指してあと少しで風鳳館の正門のところまでたどり着いた。
 ――非情の宣告は、もたらされる人の心などあざ笑って、いつも届く。
「久樹!! イヤだ、嫌だ、またどこかで力が集まっていくの!!」
 今日はあと何回、爽子の泣き声を聞くことになるのだろう?
 泣かせたくなんてなかった、失わずにすべてを守るつもりだった、なのに自分が掴みとるものは”喪失”と”慟哭”でしかない。
 地上にあるものすべてを薙ぐ勢いで、そこら中にある光が集まって周囲が一瞬暗くなる。
 力の動きを色や形で見る爽子の目にどう映るのは分からないけれど、久樹にもこれは分かった。
 織田久樹の秘めた能力は”炎”、対極に位置する能力は”水”
 だから凄まじい力を奪い取って走る閃光の中で、誰が消えようとしているのか。
「静夜ぁ!!」
 分かってしまって、絶叫する。
 叫びなど意味がないと思い知らせる轟音が響いた。
 光と、水と、それらの力を根こそぎ集めて、目の前で光の柱が空を切り裂き天を目指す。
「あ、ああ」
 膝がわらって、座り込みそうになる。それは二人とも同じだったから、必死に励ましあって足を一歩前に出した。
「まだだ、まだ」
 どうすればこの伝染病のような喪失を食い止められるのか?
 突然、場違いな音がした。
「え?」
 ぎょっとして久樹は自分の腰に手を伸ばす。
 爽子が飛びついてきて、取り出された携帯電話のディスプレイを凝視した。間違いない。”圏外”の文字が刻まれているのに、着信しているのだ。
 表示された名前は智帆だ。
「智帆!!」
 震える指で通話ボタンを押して叫んだ。
『……と、普通さ、電話口でそんなに大声を出すのは非常識だと思うんだけどな?』
 聞きなれた皮肉な声音を愛しいくらいに感じてしまって、久樹も爽子も涙ぐんだ。
「どこにいる!? すぐにそっちに行くから教えてくれ!!」
『あのなあ、少しは落ち着けよ。そんなに焦られても、状況は何も好転しないだろ? それで、そっちはどこに?』
 電話口のむこうで、智帆が苦笑する。
 彼がいるならば、風鳳館から最初に消えたのは雄夜だったということだろう。
「風鳳館の正門をいま抜けたところよ! すぐにいけるから、お願い智帆くん!」
 携帯電話に向かって爽子が叫ぶ。
『だから、爽子さんも叫ばないでくれって』
 まったく俺の耳は悪くはないんだと言って、智帆の声が少し不機嫌な色を含む。
 自分自身の血液がさあっと下がっていく。消失への恐怖に自分が過敏になっているのが分かるが、感情を制御出来ない。
 友人の声を一言でも聞き洩らさないようにと願いながら、久樹は必死に訴え続けた。
「智帆、頼むから聞いていてくれ」
『なにゆえ?』
「なんだよ、ソレ」
『この異常状況下で、長電話をしたい気持ちがわからなくてね』
「あのな、いいから聞いてくれって! 智帆、絶対に風の能力は使うな」
 ――巧くんは私を助けるために力を使って、そして消えてしまったの。
 幸恵が告げた言葉が頭の中でリフレインする。
 それが真実なのかどうかなど分からない。けれど不思議な能力は使わないで欲しいと言った、友人の気持ちが実感として痛いほどに分かる。
『それに気づいたんなら、そっちも使わないようにな』
「え?」
『静夜がさ、きっと久樹さんたちがこっちに向かってるだろうなって言ったよ。だからもう校舎内かと思って確認しときたかったんだ。しかし”風と空気”を操ることで、携帯電話同士の絆を利用して電波もなしに振動で音を伝えられるってのは便利だな。もっと早くに気づいておけばよかった』
 連絡が取れていれば、結構便利だったのになと、智帆が過去形で話をまとめてしまう。
「やめてよ、智帆くんが自分を責めることなんてないんだから!」
「とにかくそっちに行くから待っててくれ。どこにいるんだ、智帆!」
『さあ、どこだろうな?』
 皮肉な返事と共に、少年の靴音を携帯電話が拾う。
 智帆が歩き出したのだ。
「やめて、ねえ、そこが安全なら動かないで! 智帆くん!!」
 爽子の訴えにあわせるように、携帯電話が智帆のいる場所で響いた絶叫を拾った。
「え?」
 二人、呆然として耳を澄ます。
 どうして今まで聞き取れなかったのだろう。
 携帯電話の先で、複数の人間の悲痛な叫び声が響いているのだ!!
 しかもそれは、智帆にやめろと訴える複数の悲痛な叫び。
「北条さんたちの、声……?」
「爽子、急ぐぞっ!」
 何度も何度も味わった、喪失感が再びひたひたと胸を満たし始める。
「そうか、校舎の中ね!?」
 もう校舎の中に入ってしまったのではないかと、智帆は心配して電話をよこした。ならば彼の居場所は一つ、風鳳館の中だ。
 慌てて走り出した久樹と爽子の行動を把握するのか、智帆の声に笑いが含まれた。
『これはようするに……だったわけだよ。静夜と二人で理解したけど、もう遅かった』
「智帆、なにを言った!? 聞こえない、なにが遅いんだよ!」
 携帯電話を落とさないようにぎゅっと握りながら、問いかける。
 誰もが極限状態の中で、全ての叫びを向けられる智帆だけが静かなままだ。
『起きることの予想はついた。対策も練ったってのに、人質を取られて打つ手なしだよ。俺も静夜も所詮はただのガキだったな。――まあ、見捨てられないんだから仕方ない』
 ことり、と音がした。多分智帆が、携帯電話を床に置いた音。
 ごうごうと風が逆巻く音が響き出す。
 秦智帆が宿す、おおいなる風が動き出した証拠の音。
「使うな!! ダメだ、使うな智帆!!」
 さらに急ごうとした久樹を目を見開いた爽子が引き止める。
「ダメ、あそこにっ!!」
 翠が見えると爽子が指差した先は、二人が電話をしながら駆け込んだ校舎ではなく体育館だ。
「やられた!?」
『久樹さんたちの単純さは嫌いじゃなかったよ。ああ、それから、爽子さんがいかに支配を試みても無駄だから。俺たちが許可しない干渉など、今は排除出来る』
 こんな時でも眼鏡の少年は行動を先回りする冷静さを崩さない。
 智帆は分かっている、彼が今なそうとしていることが、どんな結果を招くのかを。
 分かって、それでも。
「智帆、やめろ! やめてくれ、お前まであの光にさらわれてしまう!」
『悪いな』
「イヤよ、やめて、貴方まで消えてしまわないで!!」
 言葉が届かない。
 伸ばした手も、空をただ掴むだけ。
『だから俺は久樹さんたちを見捨てる』
 秦智帆の声が遠くなった。
 見えない光景が、見てもいないのに脳で再現される。
 風にココアブラウンの髪を揺らせ、まとう衣服もあおられながら、ポケットに両手を入れて智帆は目を細めるのだ。
 彼のために泣き叫ぶ友人たちに、ひどく優しい笑みを浮かべて。先に消えてしまった、大江静夜や雄夜と同じようにソレを行う。
 どこまでも冷静で、どこまでも強いまま。
 
 
 光が走った。
 もう五度目の光が。
 続けて轟音が響く。


 なにもかもを助けるために乗り込んできたのに、なにもかもを失ってしまった。
 心のどこかが折れてしまった気がする(所詮はその程度の覚悟しか自分に持ち合わせがなかったと?)体カの限界を突然に感じて、二人は走れずにのろのろと風鳳館を出た。
 動きたくないと悲鳴をあげる体を動かすのは、智帆たちが守った三人の無事を確保しなければという思いだけだ。
 昇降口を一度でて体育館を目指す。
「ねえ、久樹」
 憔悴しきっている顔で、爽子は智帆を奪って生まれた光の柱を見やった。
 憎いと思う。なにもかもを奪っていった、あの柱が心の底から憎いと。
 応えて振りかえる久樹の顔も、一気に老けこんでしまったような有様だった。
「爽子?」
 足を止めて振り返って見た爽子の顔は、あまり見せない怒りを宿した表情のまま、じっと光の柱を睨んでいる。
「なにか、今までと違う気がしない?」
「違う?」
 なにが、と続けながら久樹も視線を向ける。
 特別な変化なんてなにもと思った瞬間、凝視する対象がどくんと大きく鼓動を打った。
「なんだ?」
 叫び声をあげすぎて痛む喉を酷使して、久樹は無意識にかばうように爽子を抱きこむ。
 鼓動がどんどん強くなり、柱が放つ光の動きは見ていると気分が悪くなるほどの点滅を放ち始めた。
「なんだよ、今度はなんだ!?」
 いい加減にしてくれという思いが捨てられない。
 大事な仲間たちを奪っていったくせに、まだなにを求めるというのか。
 久樹と爽子をあざ笑うように、五つの光の柱がまとう光は膨れ上がり、矢のような光をいきなり放った。
 光の線が星を描く要領で繋がり、初等部炎鳳館、共同施設白鳳館、中等部地鳳館、高等部風鳳館、大学部水鳳館を、光の柱が発生した順番でつながっていく。
「な、んだ? なにが起きてる!?」
 あえぐような呟きが終わる前に、何度も感じていた激震が、かつてない規模を伴って襲い来る。
 白鳳学園のすべてが揺さぶられ、なにもかもが悲鳴をあげる中、星の形につながった光の柱が太陽をもう一つ生み出したかのような光と熱を発した。
 炎鳳館で漣に守られた立花姉妹が、正門前で舞によって救われた本多里奈と丹羽教授が、風鳳館では消失した三人がそれぞれに残した守りの力の影響下にある北条桜、秋山梓、宇都宮亮が。
 そしてそれ以外の、学園に取り残されている多くの人々が。
 なにかを覚悟して目を閉じた。


 そして誰もが目を開けたとき。
 そこにあるのは、光の柱などどこにもない、穏やかな学園の姿だった。
 外へとつながる校門は、門の役割をきちんと果たして外と内とを分けている。
 聞こえてこなかった、学園の外の喧騒も響く。
 久樹と爽子は立ちすくんでいた。
「まさか」
「私達だけ」
「戻って、来た?」
 いきなり歓声が響く。
 え?と驚いた二人の目の前で、風鳳館の校舎から高校生たちが飛び出してくる。
 窓にもいっぱいの生徒たちが並んでいて、誰もが現実への帰還を歓喜していた。
 群集が何故か笑っている。
 群集は何故か感謝してくる。
 すべてを助けに行ったのに、すべてを失ってしまった自分達に”ありがとう”と言ってくる。
「なんで、感謝されているの? わたしたち、なにも出来なかったのに。失ってしまったのに!」
 今日何度目の涙なのか、もう分からないほどに流した涙を瞳に浮かべて、爽子は久樹の胸にすがりついた。
 白鳳学園にいるのにいないことにされていた人々は、冬の事件の時に隔離された立花幸恵たちのように別の空間で久樹たちを見ていたのだろう。
 なにも知らない人からみれば、すべてを解決して回っていたようにしか見えない二人を。
「こんな感謝がほしかったわけじゃない。俺たちへの排除がこんな形で終わるなんて望んでなかったのに」
「久樹、ねえ、やっぱりあの白鳳学園は」
 光に奪われて、光の柱が生まれた、あの白鳳学園は。
 ――僕たちを誘っている。
「私達を誘い込んで、そして」
 ――罠だってことぐらい最初から考えてくれよ。
「罠にはめて、奪い取るために存在して」
 ――人質を取られて打つ手なしだよ。
「だったら、なんで? なんで私達だけ!」
「無事、なんだ?」
 打ちのめされすぎてもう動けない。
 ありがとう、ありがとうと告げて駆け寄ってくる、群集を振り払うことも出来なかった。
 
 
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竹原湊 湖底廃園
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